あなたの悪事を告げ口されちゃう!?
道端で見かける、小さな石碑のようなもの。場合によっては看板などが設置され、それが「庚申(こうしん)塔」であると説明されていることがあります。
高円寺には「庚申通り商店街」があったり、都電荒川線(東京さくらトラム)にも「庚申塚」という停留場があるように、実は、私たちの生活のすぐそばに庚申は存在しているのです。これは「庚申信仰」に基づくものですが、そのルーツは中国の「道教」の信仰が元になっています。
道教では、人間の体の中に3匹の虫が住んでいると考えられています。60日に1回巡ってくる庚申の日、人間が眠った夜中にその虫が体を抜け出して天に昇り、私たちがやった悪いことを天の神様に告げ口すると信じられているのです。
天の神様が私たちの悪事を知ってしまうと寿命が縮められるため、その夜は眠らずに近所の人と集まって起きておくという風習。そんな眠れぬ夜を18回(3年)過ごしたら、記念に塔が建てられました。それが「庚申塔」なのです。
庚申信仰は仏教にも神道にも
厳しい顔をした仏像「青面金剛像」。
日本はいつの時代も、「外から来たものを日本文化に取り込む」という癖があります。西暦500年代に大陸から仏教がやって来た時も、日本にもともとあった神道と潰し合いをせずに「神仏習合」という形になりました。
これは世界的にも珍しいことなのですが、この「庚申信仰」も日本にやって来て浸透する中で、仏教や神道の要素が混ぜ込まれていきました。「青面金剛」は仏教に入った例で、3匹の虫を抑える役割をすると考えられています。
一方、神道では「猿田彦神社」と習合されるようになりました。
こちらは、ニニギノミコトという神様が天から地上に降りてくる際に、その道案内をした「猿田彦大神」を祀る神社。庚申とは、申(サル)と“猿”田彦が結びついたものだと考えられています。このような成り立ちからもわかるように、「庚申信仰」は仏教とも神道とも言い切れず、現在では日本オリジナルの体系をつくっています。
悪いものを街に入れない!
道端で見かける、小さな石碑のようなものの中で「庚申塔」の他に、「道祖神」である例も少なくありません。こちらは、厳密に言えば仏教でも神道でもなく、日本に古くから伝わる「民間信仰」です。
現代は、開発などで街の境界はわかりにくくなりましたが、かつては村の入り口などに作られていました。道祖神によって、村や集落に悪いもの(悪人はもちろん、疫病なども)が入ってくるのを防いでもらう役割を期待されていたようです。前述の通り、日本人は昔から「他の文化を取り込む癖」があり、道祖神も同じ道をたどっています。
仏教では、道祖神と同じように道端で私たちを見守ってくれる、お地蔵さまこと「地蔵菩薩」の信仰と習合されました。
一方で、神道では庚申信仰とも一緒になっていた「猿田彦神社」に組み込まれていったのです。
また、東北地方では道祖神のような性格の神様への信仰が拡大されているケースも。秋田県の「鹿島様」や、福島県の「お人形様」などがよく知られ、藁でできた巨大な像が今でも毎年決まった時期に作られています。
自分が死んでも教えが続きますように
最後は、仏教か神道かではありませんが、「仏像か否か」を問われることが多い「即身仏」。
即身仏とは、木や金属で作られた像ではなく、実在したお坊さんのミイラです。エジプトなどのミイラが有名ですが、あちらは国の偉人や王の威厳を後世に残して伝える、また魂が戻る用の器を残すために「死後に」ミイラ化する処理をします。
しかし即身仏は、自分が死んだ後も仏教の教えを伝え続けたいという思いで「生きているうちから」ミイラになる準備をするのです。
福島県には宥貞というお坊さんの即身仏があります。宥貞さんは、村に流行り病が広まったことをきっかけに、病気平癒の御利益があるとされる、薬師如来になることを決意。
体に水分が残っていると、死後すぐに腐ってしまうため、普通の食事をやめて木の皮などを食べ体から水分をなくしていきます。その後、断食で水分の摂取を極限まで減らします。限りなくカラカラに近づいたところで、石棺の中に入り、薬師如来の名号を唱えながら入定(亡くなった)しました。弟子や近所の人々は入定したと判断し、その場で仏として祀ったと伝えられています。
こう考えると、個人的には「仏像」とは違うなと感じますが、みなさんはいかがでしょうか?
さて、3年近くにわたって続けてきた本連載「超簡単!仏像のミカタ」ですが、長期連載としては今回で最終回となります。『さんたつ』では、今後も単発の記事などで書かせていただくことはあるかと思いますので、引き続き楽しみにしていてください!
70本以上も書かせていただいた編集部のみなさまと、読んでいただいた読者のみなさまに、感謝申し上げます。
ではまた。合掌。
写真・文=Mr.tsubaking








