島全体が炭鉱の建物で覆われて廃墟になっているのは軍艦島(端島)が有名ですが、同じ長崎県内には炭鉱施設で覆われた池島があります。池島の遺構は近くまで寄ることができるのです。

団地群へ訪れる前に現れたのは廃集落なのか!?

池島は炭鉱施設があちらこちらに点在し、そのほとんどが遺構となっています。島のメインストリートは低山へと登る山道となります。右手に目をやると海原が望めて、その手前は窪地となっていて……、あれ? 家の屋根が見える。窪地を凝視すると、木々に飲まれつつある家々の屋根が確認できました。

道路から見下ろすと斜面に家々の屋根が見えた。一部は廃屋となっていた。
道路から見下ろすと斜面に家々の屋根が見えた。一部は廃屋となっていた。

ここは廃集落なのだろうか。場所は島の北側に面し、一種の谷戸のような地形に似ています。池島炭鉱と団地ばかり気を取られ、目の前の光景は知りませんでした。予期せぬ出会いに動揺します。でも、ひとまずは全体を巡ることにして、この場所はまた後ほど訪れるとしましょう。

第一立坑のやぐらは山の頂上部にあるのでよく目立つ。すっかりと錆びていた。
第一立坑のやぐらは山の頂上部にあるのでよく目立つ。すっかりと錆びていた。

何気なく背後を振り返ると、目の前には第一立坑エレベーターの櫓が錆びたまま聳(そび)えています。手前は、池島炭鉱を管理していた三井松島炭鉱池島鉱業所の正門です。立坑は遥(はる)か地下に坑道があることを示し、あらためてここが炭鉱だということを教えてくれます。

第一立坑やぐら付近から石炭ガラを捨てる軌道が延びて道路をオーバークロスしていた。軌道はもう撤去されているらしい。
第一立坑やぐら付近から石炭ガラを捨てる軌道が延びて道路をオーバークロスしていた。軌道はもう撤去されているらしい。
島内唯一の宿『池島中央会館』の裏手に軌道は延びていた。レールは無いが小さな鉄橋は残っている。この後ろ側は墓地だ。軌道は島の最高峰?である四方山付近まで延びていたという。
島内唯一の宿『池島中央会館』の裏手に軌道は延びていた。レールは無いが小さな鉄橋は残っている。この後ろ側は墓地だ。軌道は島の最高峰?である四方山付近まで延びていたという。

前進すると交差点へ出ました。すると、団地群の姿が目に入りこんできました。道路は舗装の白線も比較的新しいのに、目の前のアパートはコンクリートの地肌を露出させ、屋上には木が育ち、窓ガラスの桟は草臥れ、壁面は無数の枝が覆いつくそうとしています。

交差点に突如として現れるアパート。この棟は無人となってかなりの年月が経過し、屋上に低木が育っていた。道路の白線舗装の新しさとのギャップが印象的だ。
交差点に突如として現れるアパート。この棟は無人となってかなりの年月が経過し、屋上に低木が育っていた。道路の白線舗装の新しさとのギャップが印象的だ。

一帯は全部廃墟かと思えばそうではなく、交差点の右手は「池島簡易郵便局」が現役です。しかし、郵便局の先にある建物は錆きった庇(ひさし)にシャッターが固く下ろされています。商店街の痕跡なのですが、一軒だけ萬屋が営業をしていました。

かろうじて生活の匂いを感じつつ、ぐるっと見渡しても廃墟ばかり。普通の町とは異なる空気に包まれている。そんな気がしてきました。

商店街はシャッターが錆びつき無人かと思われたが、一軒だけ萬屋が営業している。
商店街はシャッターが錆びつき無人かと思われたが、一軒だけ萬屋が営業している。
商店街の並びは簡易郵便局が営業していた。島内唯一の金融機関でもある。また猫の憩いの場でもある。
商店街の並びは簡易郵便局が営業していた。島内唯一の金融機関でもある。また猫の憩いの場でもある。
商店街の裏手はボーリング場であった(右)。島内の娯楽は充実していたようだ。
商店街の裏手はボーリング場であった(右)。島内の娯楽は充実していたようだ。
飲み屋が連なった建物はシャッターが口を閉ざしていた。スナックも2軒あったという。島内はとにかくスナックが多かったそうだ。炭鉱マンの憩いの場である。
飲み屋が連なった建物はシャッターが口を閉ざしていた。スナックも2軒あったという。島内はとにかくスナックが多かったそうだ。炭鉱マンの憩いの場である。

廃墟に撮らされてしまうほどの遺構の存在感の強さ

数十もの鉄筋コンクリートアパートは解体されず、ところどころ放置されたアパートは蔦が絡まり、道は草木が大人の背丈以上にすくすくと育って、私のゆく手を阻みます。

車が走行できる道はまだ植物の侵食が少ないのですが、それぞれのアパートはもれなく植物が絡まり、窓ガラスは朽ち、入り口もドアが確認できる棟があると思いきや、蔦と木々に覆われて、ドアだけでなく窓すら見えない棟もあります。

蔦(つた)に覆いつくされたアパート。植物は頑丈な鉄筋コンクリートアパートを飲み込んでしまう。
蔦(つた)に覆いつくされたアパート。植物は頑丈な鉄筋コンクリートアパートを飲み込んでしまう。

目の前にある団地群は閉山の2001年まで生活の場であったのです。それが約20年でこうなってしまうとはかなりの驚きで、しばしその場に立ち尽くすしかありません。

広場や道であったのに木々が覆いつくしていく。
広場や道であったのに木々が覆いつくしていく。

いろいろと逡巡しながらカメラを構え、一呼吸置いても「廃墟に撮らされてしまう」と呟いてしまいます。各棟の朽ちつつある姿はさまざまな様相で、それがあまりにも美しく、筆舌に尽くしがたいほどの存在感です。廃の美に誘われ、ほわぁっとなったら、ただただ凄いの一言でしか処理しきれず、廃墟に撮らされてしまうなという怖さを感じました。

徐々にだが確実に自然と一体化していくアパート。
徐々にだが確実に自然と一体化していくアパート。

しばらくはカメラをしまって観察して巡り、つい20年前までは生活のにおいがあった空間を想像していると、霊的や住民の気配といったものとは異なる、人の残り香のようなものを感じ、この蔦で覆われた部屋にはどういう人生を歩んだ人がいたのだろうとか、プライベートは何をしていたのだろう、などと思いを馳せていました。

「かあちゃんの店」があった池島総合食料品小売センターは解体されて更地となっていた。
「かあちゃんの店」があった池島総合食料品小売センターは解体されて更地となっていた。

団地群の一角に出ます。2023年まで営業していた島内唯一の食堂「かぁちゃんの店」跡は、既に更地となっていました。余談ですが、「かぁちゃんの店」の店内には来島者の寄せ書きがたくさん寄せられました。その壁面は一軒宿に保管されています。ちゃんぽんがおいしかったそうです。私は池島へ来るのが遅すぎました。いつか行こうと思うのは良くないですね。

8階建ては池島遺構のシンボル

団地群はいくつかの“シマ”になっています。「かぁちゃんの店」の先は、蔦の塊と化した5階建てアパートが1棟。その姿も強烈なのですが、さらにその先は通称「8階建て」と言われる、8階建てアパートが4棟連なって壁の如く聳えます。池島炭鉱遺構では必ず登場するシンボリックな存在です。

中間の1棟のみだけ色が異なるのは、順番に塗り替えていく予定がこの棟が塗り終わった段階で閉山となり、中途半端な状態で現在に至るのだとのことです。北側の面は特徴的な構造で、階段踊り場部の間口が広く、意匠のように出っ張っています。一番西側の棟だけが踊り場が4カ所あって、若干差異があるのも興味深いですね。団地群のなかでは戸数の多い棟となっていました。

「8階建て」は階段踊り場部分が出っ張る特徴的な造りをしている。一番奥の棟だけ踊り場の数が異なるのは若干長いからだ。
「8階建て」は階段踊り場部分が出っ張る特徴的な造りをしている。一番奥の棟だけ踊り場の数が異なるのは若干長いからだ。

8階建ては他の棟と異なる構造をしています。メインストリート側は8階なのに、裏側の道へ回り込むと5階に橋が渡っています。8階建ては低山の斜面に建てられ、上階の住民は地形を生かし、裏手の斜面から橋を渡って行き来する構造でした。

8階建ての裏手は斜面となり、5階から出入りが可能な構造だった。もちろん、現役の頃は植物が生い茂っていなかった。左手のアパートは5階建てで反対側は五島灘が一望できる。 
8階建ての裏手は斜面となり、5階から出入りが可能な構造だった。もちろん、現役の頃は植物が生い茂っていなかった。左手のアパートは5階建てで反対側は五島灘が一望できる。 

なるほどそれは効率良いですね。と言っても、8階建てにはエレベーターがありません。アパートは一部の棟以外に風呂がなく、要所に銭湯が設けられていました。8階建ての中間棟1階には銭湯があったのですが、上階住民はお風呂の度に階段を昇降せねばなりませんでした。では2階が楽ではないかと思えば、銭湯部分の上階は外気から湯気が入り込み、湿気が酷(ひど)かったようです。

8階建ての隣の棟は蔦の絡まる様が尋常ではない。島内イチ植物に埋もれた棟かもしれない。ここの元住民が島に来て見たときは愕然としたという。
8階建ての隣の棟は蔦の絡まる様が尋常ではない。島内イチ植物に埋もれた棟かもしれない。ここの元住民が島に来て見たときは愕然としたという。

アパートのエピソードは、元炭鉱マンガイドさんの経験話で知りました。ふと、好きな棟や部屋を選べばよかったのでは?と思ったのですが、最盛期は空いた部屋がすぐ埋まるほど空き部屋が無い状況で、選択の余地は無かったそうです。

アパートの各棟には番号が振られています。番台によって炭鉱社員の役職が振り分けられていて、100番台は係長以上の役職が住む棟でした。風呂付きの部屋は限られていたので、大方の住民は銭湯へ通っていました。

8階建ての1階銭湯は女性と子供用で、炭鉱マンの男性は作業終了の際、立坑に併設された大浴場で汚れと一日の疲れを落としていました。それはどの地域の炭鉱でも同じだったと思います。池島より南下した軍艦島も、風呂付きの部屋は一部の幹部のみで、あちこちに銭湯がありました。

これらの棟は水洗トイレ完備であったが風呂はついていなかった。
これらの棟は水洗トイレ完備であったが風呂はついていなかった。

にゃー にゃー にゃー

そうそう。前回で「猫!」と記しました。島内には沢山の野良猫が生息しています。池島で一番多いのは猫、次に隣の松島から海を泳いで渡ってきた野良イノシシ、最後に人間です。あ、ヤギもいます。

猫が人間よりもはるかに多いのか? いや、そんなことはないだろうと島内を巡っていると、どこでも猫に遭遇しました。幸いだったのはイノシシに出会わなかったことで、遭遇し突進されたらひとたまりもありません。

猫は団地群にも住んでいるようで、散策していると寄ってきます。郵便局前にもいます。宿の前にも集団でいます。池島は猫好きにとっても訪れたい島のようですね。なぜ、こんなに沢山猫がいるのか、ツアーガイドさんに尋ねました。

炭鉱の閉山によって職を失った人々は島を出ていかねばならず、飼い猫は引っ越し先の市営住宅では動物を飼えないため、島で別れたケースがあったそうです。猫はネズミ避けとして飼われていたこともあり、残された猫が繁殖して現在の状況になったと思えば納得です。

そういった事情を考えると猫は炭鉱にも関係しているとも言え「一種の産業遺産かもしれません」とガイドさんが仰ったことが耳から離れませんでした。そんなことお構いなしに、猫は「にゃー」と言いながら撮影を覗(のぞ)きにやってきます。

次回は団地以外の遺構を散策します。

取材・文・撮影=吉永陽一