『名古屋市秀吉清正記念館』からゆかりの寺社まで
やって参ったのは名古屋市中村区、中村公園!!
この公園とその近辺では二人にまつわるさまざまな見所が整備されておるぞ!!
参道を進むと豊国神社。秀吉を祀り、秀吉が生まれたこの地を守るべく建てられた社である。
続いて参ったのは『名古屋市秀吉清正記念館』。
言い忘れておったが、築城名人で知られる加藤清正も中村出身の武将である。
二人の資料を収集・展示しておる記念館はなんと、入場無料じゃ!!
秀吉や清正に関わる書や絵、甲冑の類が数多あってな、秀吉の馬藺後立兜(ばりんうしろだてかぶと/複製)や清正が被っておった長烏帽子形兜(模造)は歴史に明るくない者も楽しめる迫力であろうし、現存の秀吉やねね殿の肖像画、秀吉のマント等実に貴重な品々も展示されておる。
他にも肖像画の名前当てや賤ヶ岳の戦における両軍の動きを明瞭に示した絵巻も見ることが叶う。
さらには時折特別展を執り行っておって、2026年3月1日(日)までは「長篠合戦 三英傑は共に戦った」が開催中じゃ。長篠城主・奥平信昌殿にまつわる書や合戦図屏風、火縄銃や矢尻などなど面白きものばかりであった。
特別展はもちろんのことながら常設年の展示内容も時によって異なる、故に今何が展示されておるのかを名古屋市の本陣・ホームページなるもので確認して参るがよかろう。
続いて参ったは常泉寺。
秀吉生誕地に建てられた寺である!!
秀吉の命によって加藤清正が創建し、かつては大坂城に祀られておった豊太閤像が堂内にて祀られ、
境内には幼き頃の秀吉が植えた「お手植えの柊」や、
「秀吉産湯の井戸」が残っておって、側に立つ秀吉の銅像と共に観光の名所となっておる。
常泉寺の南に構えるは、清正ゆかりの妙行寺。
妙行寺は名古屋城築城の折に用いた加藤家の普請小屋を、清正生誕の地に移築したのが始まりである!
公園内には清正が築いた下中八幡社もあるでな、この公園をぐるりとめぐれば、秀吉や清正ゆかりの地をいっぺんに楽しめるようになっておるのじゃ。
中村公園に誕生した新たな名所『豊臣ミュージアム』
まさに、中村公園の愛称・秀吉清正公園の名にふさわしい、実に良い公園であろう!
じゃが、中村公園の魅力はこれだけにあらず、本年、なんと新たな名所が中村公園にて生誕したのじゃ!
改め、儂がやって参ったのは、
幼き頃の秀吉と友の像!
の奥にある、
『豊臣ミュージアム』(主催=名古屋市・名古屋市大河ドラマ「豊臣兄弟!」活用推進協議会)じゃ!!
方形を組み合わせた誠珍かなる形の館であろう!
この地は三つの区画からなるで、それぞれ紹介して参ろうか。
名古屋市独自展示〜武将も唸る!戦国めし×なごやめし~
この場所は我ら戦国武将が食っておった飯が解説され、三英傑が好む膳が再現されておる!
現世との違いや現世のなごやめしの起源となる我らの飯について学んでいくがよかろう。
そして、現世の名古屋観光の顔とも呼べる、
なごやめし特集じゃ!
22種のなごやめしの特徴や発祥が解説されておる。
じゃが、美味そうななごやめしを眺めておると腹が減ってくるじゃろう。
そんな皆におすすめなのが、
運命めしくじである!
このくじは、
引くとなごやめしが出て参る。
飯に悩んでおる者はこのくじに委ねてみるが良い、自らでは選ばぬ妙案にたどり着けるやもしれん!
ミュージアムショップ
ミュージアムショップでは名古屋の土産物、
戦国にまつわる品や中村の名産品が数多取り揃えられておる!!
「武将も唸る!戦国めし×なごやめし」展と「ミュージアムショップ」は入場無料、他にも名古屋観光の助けとなる瓦版も手に入れることが叶うで、中村公園を巡る折にふらりと立ち寄るがよかろう!!
豊臣兄弟! 名古屋中村 大河ドラマ館
『豊臣ミュージアム』内、『豊臣兄弟! 名古屋中村 大河ドラマ館』(入館料:大人当日/800円、小人当日/400円)では、撮影に用いられた衣装や小道具、そしてその解説が展示されておる!
我らが生きた戦国の世を如何に表現するのか、工夫と意趣が込められた様に心躍ったのう!
展示は歴史に詳しくない者にもわかりやすく、且つ興味深いものばかりであったからのう、是非に皆々にも足を運んでみてほしい場所であるぞ!
(信長様をはじめ多くの像が立っておったのじゃが、わしの像はなかったでな、ここに儂も参陣するべく一年励んで参ろうかのう)
終いに
秀吉・秀長生誕地、中村めぐりはいかがであったか!!
此度紹介した中村公園は名古屋の中心地である名古屋駅や栄からも赴きやすい場所である。
名古屋市営地下鉄東山線中村公園駅より歩いて10分ばかし、じゃが!名古屋駅から歩いて参るのもおすすめであるぞ!
名古屋駅から中村公園までは秀吉の生涯を記した石板が並んでおって、これをたどれば中村公園駅に着くのじゃ。
石板の数は30基、この「太閤秀吉功路」を進めば秀吉生誕の地に参る前に、秀吉についての予備知識を蓄えることができる。
歩いて40分ほどだで、みなも奮って挑戦いたせ!
さて、すでに絵巻の中(『豊臣兄弟!』)ではこの中村を発った二人であるが、秀吉は小田原城攻めを終え天下統一を果たしたのちにこの中村に凱旋しておる。
大坂に居を構えた後も秀吉にとっては思い入れの深い生まれ故郷だったのであろう!
儂、前田利家も然りであるが、我らは信長様や秀吉に従いて日ノ本各地へと移っていった為に、秀長は大和、儂ならば金沢、清正ならば熊本と、治めた土地の印象が強くなる。じゃが! 斯様にして我らが生まれしこの名古屋にあるゆかりの地は史跡として、確と整備されておるのじゃ!
日ノ本でも指折りの歴史が残る街、名古屋の良きところを大河を通じて知ってくれたらばうれしい限りである!
して、此度の話を読んで中村公園へ訪れる者は併せて名古屋城にも参じるが良い!
我ら名古屋おもてなし武将隊はいつでも名古屋城にて待っておるぞ!!
それでは此度の戦国がたりはこれにて終いじゃ!
また会おう、さらばじゃ!!
文・写真=前田利家(名古屋おもてなし武将隊)









