インスタントラーメンに似た、台湾版鍋焼きうどん
食の好みが合うと、ごちそうの宝島に見えてくるのが台湾である。ことに小吃(シャオチー)と呼ばれる軽食が種類豊富で、地方ごとにこれぞという名物が待ち受けている。数回行った程度ではとても味わいきれない。
中でも台湾小吃発祥の地といわれる台南は、訪れると古都の風情と相まって胃袋を摑まれ、とりこになる。鍋燒意麵(グゥオシャオイーミェン)はそんな台南の名物小吃のひとつだ。手持ちの資料によると、半世紀にわたる日本統治時代に入り込んだ日本の鍋焼きうどんの調理法が、現地で伊府麵(イーフーミェン)なる麺と組み合わさり、誕生した軽食なのだそうな。日本人は熱帯にまで鍋焼きうどん持ち込んでたのかッ!? という驚きはさておき、この伊府麵は大陸から渡ってきた中華の揚げ麺で、これを温かい汁にじゅっと投入、ふやかして食べるのが鍋燒意麵である。お湯でふやかす麺料理であるあたり、ちょっとインスタントラーメンに似てません?
実は世界初のインスタントラーメンを発明した日清食品創業者の安藤百福氏は台湾南部の出身。氏の偉業が揺らぐことはないものの、インスタントラーメンは故郷の味、鍋燒意麵に着想を得たのではなかろうか、との説が最近とりざたされている。実際の鍋燒意麵は、お湯かけておしまいなんて簡単な料理ではないし、味わいももっと奥深いのですけどね。
生粋の台南っ子が2019年に日本で開店
鍋燒意麵を出す『茗鑫台南美食(シンミンタイナンメイシー)』は、高田馬場駅前の早稲田通りを西に進み、スーパー西友脇の下り坂を下りきって黒い塀が見えたら左折、少し先に行った場所にある。飲食店街のはずれに美味しい〆みたいな感じでこんな店が潜んでいるのは、散歩的にもうれしいぞ。
2019年にオープン。店を取り仕切る女将の陳(チェン)さんは生粋の台南っ子。もともと台南西部の安南で茗鑫台南美食の店を開いていた。親しい友人の来日がきっかけで日本移転を決意。
まず日本に鍋燒意麵のないことを確認し、1年かけて手頃な物件を調べあげ、今の場所にたどりついた。鍋燒意麵は本来、木製の井げたに金属の鍋を載せたものを器とする。なので「井字鍋(ジンズーグゥオ)」なんて別の呼び名もある位だ。しかし最近は洗うのが面倒で、本場ではどんぶりを使うことが増えている。陳さんは器にもこだわり、あえて昔ながらの器を用意、それも日本人向けに大きめのサイズを特注したものを使っている。小吃は軽食なので、本場は量少なめなんですよ。そのあたりからすでに店主の本気度が伝わってくる。
メニューはシンプル。鍋燒意麵970円、滷味(ルーウェィ)700円、冷たい古早味紅茶(グーザウェイホンチャー)260円の3種類。単品またはセットが選べる1100〜1300円。これに冬瓜茶が加われば、台南時代と同じ内容になるとか(検討中)。
鍋燒意麵に用いる伊府麵は台南の製麺所を回って納得したものを仕入れている。調理前の麺を見せていただいた。揚げ麺でイメージされる油っぽさはなく、みるからに新鮮でとても軽い。さりげない旨味もあって、ちぎってほおばれば、そのままつまみになりそう。これを別途用意した海鮮スープに投入、具材を散りばめれば完成だ。
スープが染みた揚げ麺の、独特かつ濃厚な味
まずその白い海鮮スープがなんとも美味。海老・浅蜊・イイダコなど具材のうま味を引き出し、絶妙な塩加減で整えたさっぱり味で、それが体に染み渡る。疲れている時、ひと口すすると思わず「おー」と喉の奥から声がもれる。器の底まで飲み干してしまうこと請け合いだ。
器の中に潜む伊府麵は揚げ麺であるから、麺の腰は期待できない。かわりに麺に吸い込まれ、濃度を増したスープのうま味の乗った一種独特な食感を楽しめる。天ぷら蕎麦の、汁にちょっと浸した天ぷらの衣って美味いじゃないですか、あれが数珠つなぎになっている感じといいましょうか。もたれない食後感も心地よい。
一方、滷味もただ者じゃない。醤油ベースの煮込み料理で台湾ではポピュラーな品、具もさまざまで濃い味のことが多いのだけど、陳さんの滷味は豚モツ、豚皮、昆布、干豆腐などの具材をまろやかな味付けでまとめあげ、鍋燒意麵との相性よし。また、ビールのいいつまみになってくれるので、個人的にはテイクアウトしちゃったりもしている。
古早味紅茶は、台湾スタイルの古早味=昔ながらの味の紅茶。厳選した茶葉を台南から送ってもらって使用。古早味紅茶は基本甘口でクドいことも多いのだけど、店主に手抜かりなし。現地の昔ながらの方法で淹れた紅茶に、砂糖から作ったシロップを投入、紅茶の香漂う、冷たすぎず甘すぎず、どことなく懐かしい味わいが絶妙なり。今まで飲んだ古早味紅茶の中でも個人ランク上位に入る。鍋燒意麵との相性のよさは言うまでもない。
味も雰囲気も、現地を知る人にはたまらない
いやもう全部美味いです。陳さん、染みやすいオープンな人柄ながら、料理にかけてはプロフェッショナルです。
現地語──それも標準語の台湾華語じゃなくて、主に南部で用いられる台湾語が飛び交う中、鍋燒意麵をすすっていると、台南の街角で地元のおじさんおばさんに混ざり、ゆるゆる朝食を楽しんでいた時が思いだされてくる。味も雰囲気も本格派の、好きモノにはたまらない店なのである。
帰り道は、エスニック料理やレトロな飲食店が軒を連ねる、さかえ通りをぶらつくのも楽しいよ。
『茗鑫台南美食』店舗詳細
取材・文・撮影=奥谷道草