15時くらいがいい。ランチ客がはけたあとの、マッタリとした時間帯。ホワイトボードのおすすめ刺し身と瓶ビール。客は疎(まば)らで、大箱特有の静けさに、グラスが麦汁で満たされる音が沁みる。時間は有り余っているから、食べたりなかったらその都度料理を頼み、いい意味でダラダラと酒場をたのしむ。
スマホで動画やゲームなんかやらない。ただただ、大箱総合酒場と向き合って飲(や)る。夕方に人が混み始めたら終了。そんな贅沢な時間が、まだ全国に点在している。
……ほら、想い焦がれるだけで行きたくなってきたでしょう?
そんなんを想い焦がれて、やって来たるは神奈川県・藤沢。藤沢を含む湘南は、漫画の影響でどうしても“爆音バイク団体”のイメージが強い。そういえば……昔付き合っていた子も藤沢で、もれなく元ヤンだったなあ。
その子の家に初めて泊まって、藤沢駅まで送ってもらい、電車の切符を買おうとしたら「ほら、コレ」と先に切符を私の手に握らせて颯爽と去って行った。私はなぜか元ヤン女子とお付き合いすることが多いのだが、きっと潜在的に、こんな男気のある女性が好きなのだろう。
そんな苦酸っぱい思い出はさておき、いま欲しいのは元ヤンではなく、大箱総合酒場。
目指すは南口から歩いてすぐの「ザ・プライム」ビル。たまりませんね、この昭和ヨロシクのシブい造り。
エレベーターで3階まで上がり、「チン」と扉が開くと……ありました。
出たっ、『宗平』だ! 店先には全国の銘酒を並べた大きなショーケース。木目模様に塗り替えたビルの太い柱には、豪壮な木板看板。他はどこにでもありそうなレストラン街の店なのに、この一角だけ民芸風を醸し出している。中が楽しみだ。
「いらっしゃいませ」
おおっ、いいですねえ……! 店に入ると、ど真ん中にテーブル型の囲炉裏があり、それを囲うようにテーブル席がビッチリ。
四方には広い座敷が延びていて、パッと見ではどれくらい深いのか見当もつかない。ああ、これぞ大箱総合酒場……このワクワクする感じがたまらない! 他に客は一組だけ。もちろんどこに座ってもいいと言われたので、店の真ん中を酒座に決める。
テーブルのテカテカとした茶光がまたいい。さっそく、ここへ酒を飾ろう。
ここはやはりホッピー。スリムジョッキに氷が強めで、水位は50%くらいか。そこへホッピー120mlを注いで、アルコール度数30%程度にチューニング。いい具合に仕上がったところを……。
ブオンッ……ブオンッ……ブオンッ……、タッハー! “幸運(グッドラック)と踊(ダンス)”っちまったぜ! 鰐淵サンも驚くほどのおいしさに、早く料理をよこせと胃袋がフルスロットル。問題はここが大箱総合酒場であること。なんでもあるはずだから、時間がかかりそうだ、ウフッ、ウフフ……!
まずは「なんで今まで出会わなかったんだろう」と不思議な「春菊の塩昆布和え」から。そんな熟年恋愛のような驚きが、この春菊と塩昆布の邂逅(かいこう)にある。
青々とした春菊の苦みを、塩昆布が優しく抱擁。これにはまいった。間違いなく草食(くさ)系おつまみの中でダントツ一位のうまさ。ぜひとも世の酒場でも流行って欲しい。
続いて「白身三点盛り」。真鯛、ひらまさ、すずきの白身界の闘魂三銃士が、皿の上で静かに構えている。どれも主役級なのに、喧嘩せず、互いを引き立て合う。
真鯛はネットリと白身の王道の貫禄、ひらまさはキレのある色白色男。兄貴分のすずきは、旨味で舌を包むような……そう、包容力のある味わい。
この3人が揃うと、酒が進むというより、酒を忘れてしまう。
これだけ酒場に行っているのに、まだまだ知らない料理があるっていう、うれしさでもあり悔しさでもある。特にこんな大箱総合酒場になると、その可能性は計り知れない。
そこへまた……これはなんだ、「すぼ」だって? 初見で「すぼ」と聞いてもピンとこないが……なるほど、見れば納得。ストローで巻いたかまぼこのことか。
というか、ストローがそのまま残っているのが、なんともセンスを感じる。
ムチムチとした弾力で、見た目のインパクトと、食感のギャップにやられる。
思わず「……!?」となった「巻き寿司の盛り合わせ」は、赤・緑・黄の信号機カラーの花火が皿の上で打ち上げられた。
鉄火巻きの赤はこってりな赤身の旨味、きゅうり巻きの緑はシャキシャキと清涼感。沢庵巻きの黄は、ポリコリと食感が楽しい。
来年の夏こそは、マブいオンナを連れて湘南の花火大会に行きたいゼ。
ただいまの時間は……まだ、16時過ぎだっていううれしさよ。
唯一の客も帰り、ついにこの大箱が私だけのものとなった。かつて元ヤンの彼女に切符を握らされて見送られた藤沢駅で、今の私はホッピーのジョッキを握りしめ、春菊の塩昆布和えをムシャムシャと頬張っている。
あの頃は恋に心が揺れて、今は酔いに脳が揺れて──詰まるところ、これからも私はこの“大箱総合酒場”という不思議な磁場に、何度でも吸い寄せられてしまうのだろう。
宗平(そうべい)
住所:神奈川県藤沢市南藤沢2-1-2
TEL:0466-23-0006
営業時間:11:30~22:00(日は12:00~22:00)
定休日:第2・4火
※文章や写真は著者が取材をした当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。
取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)





