宇野常寛(うのつねひろ)
1978年生まれ。批評家。批評誌「PLANETS」編集長。著書に『遅いインターネット』(幻冬者)、『庭の話』(講談社)、『ラーメンと瞑想』(集英社)など。『2020年代のまちづくり』の責任編集も務めた。
書店開業へとつながった思い
「震災後、雨後のたけのこのようにつくられるコミュニティースペースにはあまり魅力を感じませんでした」
まちづくりや都市開発にかかわることも多く、場所をプロデュースしてみたい気持ちがあったという宇野さん。自分でつくるなら、やっぱり本屋がいい。そう考えたのは、書き手であり出版人でもあることはもちろん、自身の経験によるところも大きかった。
「父親が転勤族で常によそ者だった少年時代の僕には、本屋こそが居場所だったんです。地域社会に飛び込まなくても、本屋では平等に接してくれて、何者でもないままでいられて、本を通じて広い世界のことを知ることができる。僕自身、作った雑誌をいわゆる目利きの書店員さんが店頭に置いてくれたところからキャリアを始めている人間なので、書店文化に育てられたという意識もあります。だから、書店の生き残り方を提案したい、今のビシネスモデルに一石を投じたいという考えもありました」
眠れない夜にその思いをSNSに投稿したところ、翌朝には空間プロデュースを手掛ける東邦レオの吉川社長から「やりましょう」と連絡が。それから約1年後の2025年8月、東邦レオの東京オフィスビル2階に開業と相成った。
オフィスビルの共用施設として、大塚のエリアマネジメントも
この書店は、著書『庭の話』で提案する「庭」、つまり「私的な公共空間」をつくる試みの実践でもある。靴を脱いで上がる人工芝を敷き詰めた店内、無人店舗で決済はセルフレジ。先入観なく純粋に本に触れられるよう、ポップはなし、ジャンルの札もなし。オフィスビルの共用施設も兼ねているため、本棚のほかに椅子とテーブルも並ぶ。
「オフィスの存在意義が問われているなかで、集中力や創造性を高めてくれるスペースがあったらいいのではないかと考えたんです。知らなかった本を見つけて、座って読んでみて、これは買って持ち帰らなきゃと思う、そんな体験をここでしてほしい」
約6000冊の本は人文、社会、サブカルチャー、都市開発などに絞り、宇野さんがすべて選書。フィルターを入れ替えることで個人の趣味だけにならないよう、ゲストが選ぶ100冊単位のフェアなども実施し、今後はイベントで古本を扱うことも考えているという。重視しているのは、話題になった本を並べることでもなければ店主の好みを見せることでもない。ここを訪れた人が、知らなかった、面白そうだと思う本と偶然の出合いを果たせることだ。「結果的に近所の書店とも役割分担ができて、大塚のなかでひと通り本が買えるという状況がつくれたのではないかと思います」と宇野さん。
公共の空間としての書店があることでビルの価値が向上し、それによって街の魅力も増していく。目的は本の販売ではなく、さらにその先にある。書店であって書店ではない、大塚を盛り上げることでマネタイズしていく、新たな街の一角であり「庭」なのだ。
目白にも雑司が谷にもできない、池袋周辺の“やんちゃ担当”
そんな『宇野書店』から大塚の街へ、宇野さんは期待の眼差しを向ける。
「豊島区は今まさに面白くなっていますよね。特に東池袋は再開発が程よく進んだと思います。そうなると仕事や遊びを担うハレの場に対し暮らしを支えるケの場も大事になる。そのとき、歩いていける隣街の存在が次の時代の暮らし方を見つけるポイントになると思います。
大塚は東京の北と西のちょうど結節点で、古い街と新しい街の端境。意外と学生がたくさん歩いていたり、リノベーションして活用できる古いオフィスビルもあったりとポテンシャルがあるので、それを僕たちプレイヤーが可視化したい。いろんなことにチャレンジして、アナーキーでやんちゃできる街になっていくといいですね」
取材・文=中村こより 撮影=鈴木愛子
『散歩の達人』2025年11月号より






