大山顕さん
1972 年生まれ。写真家・評論家。著書に『マンションポエム東京論』、
「看板の音譜がおかしいぞ」音楽経験から気づいた違和感
「僕は団塊ジュニア世代です。子供の頃は日本でピアノの世帯普及率が急上昇した時期で、周りにはピアノを習っている人がたくさんいました。
僕自身、通っていた小学校がアマチュアオーケストラの強豪校だったこともあって、小学生時代からオーケストラでホルンを吹いたり、ピアノを習ったりと、比較的真面目に音楽に取り組んできました。
高校生の頃にはバンドブームが訪れ、例に漏れずバンドを組んでキーボードを担当。活動するうちに音楽理論にも興味が出てジャズの勉強を始め、大学時代はジャズ研でジャズ漬けの日々でした。
小さい頃から楽譜を読む訓練をしてきたので、看板の音符が変だぞ、というのは昔からなんとなく気づいていましたね」
雰囲気五線譜は、音楽史に問いを投げかける存在
音符が譜面から飛び出したり、小節線がなかったり。音楽の授業で習う楽譜と比べると、「雰囲気五線譜」はかなり自由に思える。
しかし音楽の歴史をひもといてみると、実は五線譜で表現できる音楽は一部に過ぎない。
「楽譜が発明された当初、小節線やビートの概念はありませんでした。音を『高い』『低い』と表現するのも不思議なこと。ミとファと、ソとラが同じように記されるのも、考えてみればおかしなことですよね。
雰囲気五線譜をきっかけに楽譜や音楽史を調べてみると、我々が普通だと思っている楽譜は、実は普通じゃないということが分かってきました」
「雰囲気五線譜のもう一つの重要な要素は、看板であること。当たり前ですが、看板には視覚的にアピールできるものを載せなければなりません。しかし音楽を視覚的に表現するのって、意外と難しい。音楽をテーマにした漫画作品で、コード進行やメロディーにまで踏み込んだ話題があまり出てこないのも、それを物語っています。
音楽が流れる店だというのを伝える際、頼れるのが楽譜。また八分音符やト音記号は特殊な形をしており『ああ、音楽の店ね』とすぐに分かる強い記号です。こうした背景から、雰囲気五線譜が描かれるのでしょうね。
看板をデザインしたのは、楽譜が読めない人かもしれません。しかしはからずも、音楽の歴史に関する問いを投げかけるのが、雰囲気五線譜の面白いところです」
歩きながら考える
なんだか気になる。面白い。出発点は気軽なものであっても、繰り返しさまざまな事例を鑑賞し、丁寧に考察を広げていくことで、背後に連なる森羅万象に触れられる。
都市鑑賞とは、歩くことと考えることが一体化したプロセスだ。
「最初は面白がって集めていったとしても、『ちょっと待てよ、これは本当に変なんだろうか』ということまで考えてみると、一見普通に思えたものが実は本流じゃなかったというのは、よくあることです。
雰囲気五線譜を始めとする個々のテーマは、あくまで、その背後にあるものを理解するためのきっかけに過ぎません」
「僕は『アイデアがすごい』『独自の視点』という言葉が心底嫌いです。マンションポエムも20年ほど集めていますが、何が見えるのか最初から分かって始めたわけではありません。
頭で考えるのではなく、足で考える。歩き回って撮ったものや見たものを整理する中で、徐々に『こういうことかもしれない』と分かってくる。そのフィードバックのループが、アイデアのようなものなんです。
ここ数年の生成AIの台頭によって世の中にはびこるアイデア至上主義は、非常に危険です。マッチョな言い方になってしまいますが、アイデアや視点ではなく、足で稼ぐしかないんだと思いながら活動しています」
取材・構成=村田あやこ
※記事内の写真はすべて大山顕さん提供
『散歩の達人』2025年10月号より







