大山顕さん

1972 年生まれ。写真家・評論家。著書に『マンションポエム東京論』、『立体交差』(2020年土木学会出版文化賞)、『新写真論 スマホと顔』(2023年日本写真協会学芸賞受賞)、『工場萌え』(共著)など。 X:@sohsai

「看板の音譜がおかしいぞ」音楽経験から気づいた違和感

自由な図形で描かれた「図形譜」を彷彿とさせる、雰囲気五線譜。
自由な図形で描かれた「図形譜」を彷彿とさせる、雰囲気五線譜。
楽譜の周りに星を散らし、楽しげな雰囲気を演出。
楽譜の周りに星を散らし、楽しげな雰囲気を演出。
雰囲気五線譜界の人気者・八分音符が、お店のロゴにもあしらわれている。
雰囲気五線譜界の人気者・八分音符が、お店のロゴにもあしらわれている。

「僕は団塊ジュニア世代です。子供の頃は日本でピアノの世帯普及率が急上昇した時期で、周りにはピアノを習っている人がたくさんいました。

僕自身、通っていた小学校がアマチュアオーケストラの強豪校だったこともあって、小学生時代からオーケストラでホルンを吹いたり、ピアノを習ったりと、比較的真面目に音楽に取り組んできました。

高校生の頃にはバンドブームが訪れ、例に漏れずバンドを組んでキーボードを担当。活動するうちに音楽理論にも興味が出てジャズの勉強を始め、大学時代はジャズ研でジャズ漬けの日々でした。

小さい頃から楽譜を読む訓練をしてきたので、看板の音符が変だぞ、というのは昔からなんとなく気づいていましたね」

雰囲気五線譜は、音楽史に問いを投げかける存在

雰囲気五線譜では、小節線が省略されがち。
雰囲気五線譜では、小節線が省略されがち。
右側の五線譜は、音符やト音記号も反転してしまっている。恐らく左側の五線譜をまるごと反転させたもの。
右側の五線譜は、音符やト音記号も反転してしまっている。恐らく左側の五線譜をまるごと反転させたもの。
最後の十六分音符がちょっと傾いていて、かわいい。
最後の十六分音符がちょっと傾いていて、かわいい。

音符が譜面から飛び出したり、小節線がなかったり。音楽の授業で習う楽譜と比べると、「雰囲気五線譜」はかなり自由に思える。

しかし音楽の歴史をひもといてみると、実は五線譜で表現できる音楽は一部に過ぎない。

「楽譜が発明された当初、小節線やビートの概念はありませんでした。音を『高い』『低い』と表現するのも不思議なこと。ミとファと、ソとラが同じように記されるのも、考えてみればおかしなことですよね。

雰囲気五線譜をきっかけに楽譜や音楽史を調べてみると、我々が普通だと思っている楽譜は、実は普通じゃないということが分かってきました」

店名の「バンビーノー」を奏でているのだろうか。
店名の「バンビーノー」を奏でているのだろうか。
まるで川を泳いでいくように、三本線の上に自由に配置されたカラフルな音符たち。
まるで川を泳いでいくように、三本線の上に自由に配置されたカラフルな音符たち。
歴史を遡ると、実は楽譜は五線ではなかった。楽譜の原点を彷彿とさせる三線譜。
歴史を遡ると、実は楽譜は五線ではなかった。楽譜の原点を彷彿とさせる三線譜。

「雰囲気五線譜のもう一つの重要な要素は、看板であること。当たり前ですが、看板には視覚的にアピールできるものを載せなければなりません。しかし音楽を視覚的に表現するのって、意外と難しい。音楽をテーマにした漫画作品で、コード進行やメロディーにまで踏み込んだ話題があまり出てこないのも、それを物語っています。

音楽が流れる店だというのを伝える際、頼れるのが楽譜。また八分音符やト音記号は特殊な形をしており『ああ、音楽の店ね』とすぐに分かる強い記号です。こうした背景から、雰囲気五線譜が描かれるのでしょうね。

看板をデザインしたのは、楽譜が読めない人かもしれません。しかしはからずも、音楽の歴史に関する問いを投げかけるのが、雰囲気五線譜の面白いところです」

歩きながら考える

ウクライナの首都・キーウにて2016年に撮影。雰囲気五線譜は平和の象徴。
ウクライナの首都・キーウにて2016年に撮影。雰囲気五線譜は平和の象徴。

なんだか気になる。面白い。出発点は気軽なものであっても、繰り返しさまざまな事例を鑑賞し、丁寧に考察を広げていくことで、背後に連なる森羅万象に触れられる。

都市鑑賞とは、歩くことと考えることが一体化したプロセスだ。

「最初は面白がって集めていったとしても、『ちょっと待てよ、これは本当に変なんだろうか』ということまで考えてみると、一見普通に思えたものが実は本流じゃなかったというのは、よくあることです。

雰囲気五線譜を始めとする個々のテーマは、あくまで、その背後にあるものを理解するためのきっかけに過ぎません」

マンション広告のコピーから東京という都市を考察する『マンションポエム東京論』(本の雑誌社)。
マンション広告のコピーから東京という都市を考察する『マンションポエム東京論』(本の雑誌社)。

「僕は『アイデアがすごい』『独自の視点』という言葉が心底嫌いです。マンションポエムも20年ほど集めていますが、何が見えるのか最初から分かって始めたわけではありません。

頭で考えるのではなく、足で考える。歩き回って撮ったものや見たものを整理する中で、徐々に『こういうことかもしれない』と分かってくる。そのフィードバックのループが、アイデアのようなものなんです。

ここ数年の生成AIの台頭によって世の中にはびこるアイデア至上主義は、非常に危険です。マッチョな言い方になってしまいますが、アイデアや視点ではなく、足で稼ぐしかないんだと思いながら活動しています」

 

取材・構成=村田あやこ

※記事内の写真はすべて大山顕さん提供
『散歩の達人』2025年10月号より