たまごが端までギッシリ

長大で活気ある商店街で有名な大山。高級住宅地として知られるときわ台。この2つに挟まれた板橋区の中板橋はちょっとマイナーな存在だが、駅からのびる商店街には古い居酒屋や蒲鉾屋もあり、なかなか趣深い。そんな中板橋の駅から歩いて3分ほど。石神井川のすぐそばで『イタサン』は2021年にオープンし、たちまち人気店となった。

人気の秘密は具材のボリューム感。まずは照り焼きたまご360円の厚みを見てほしい。この厚みのたまごが、パンの端までぎっしり詰まっているのだ。味も格別。自家製のたまごは味つけがしつこくなく、このボリュームで照り焼き合わさっても、パクパクと食べられる絶妙さ。食パンがフレンチトーストだったりするところも、手が込んでいていい。

具が多いのでこぼれてしまうのは不可避。
具が多いのでこぼれてしまうのは不可避。

リュスティックを使ったコンビーフ360円も、具がぎっしり。高加水でトロッとした口溶けの生地とたっぷりのコンビーフが合わさり、官能的なうまさになっている。実は『イタサン』のパンはすべて生地から作って、自家焼成している(クロワッサンをのぞく)。食パン、ライ麦パン、リュスティック、コッペパン、ロールパン、ドーナツ、すべて手作り。これがおいしさの大事な要素になっていることは間違いない。

具もいいけどパンも最高。
具もいいけどパンも最高。

一度はパンから離れたが……

かなり個性的な『イタサン』を営んでいるのが、寺田木末(こぬれ)さんだ。寺田さんはもともと個人店のベーカリーや有名店の『ドンク』で10年ほど働いていたのだが、結婚したタイミングでパンから離れ、夫が営む中板橋の美容院を手伝っていた。自身も資格を取得して美容師として働いていたのだが、接客があまり得意ではなかったこともあって、客と対面で仕事をする美容師がどうもしっくりこなかった。

営業中も作業を続ける寺田さん。
営業中も作業を続ける寺田さん。

「やっぱりパン屋をやりたい」。そんな思いを断ちがたく店を始める決心をしたのだが、当時、すでに子供が2人いた。言うまでもなくパン屋の仕事は忙しい。店に全力投球していては育児も家事も疎かになってしまうのは明らかだ。そこで寺田さんは働く時間を減らすため、パンを外注できるサンドイッチ専門の店にすることを考えつく。これなら、家のことに時間を割くことができるはずだと。

色とりどりのサンド類が並ぶショーケースは見ているだけで楽しい。
色とりどりのサンド類が並ぶショーケースは見ているだけで楽しい。

そのつもりで開店準備を進めていたところ、外注のパンを使うと価格がイメージより高くなってしまうことが判明。庶民的な価格にするため、結局、自家焼成の店として『イタサン』はオープン。当然、当初の目論見より手間も時間もかかってしまったが、夫や子供たちも協力してくれ、なんとかやっていけているという。家族あっての『イタサン』のおいしさなのだ。

一番人気はやっぱりたまごサンド300円だ。
一番人気はやっぱりたまごサンド300円だ。

大事にしている「わかりやすさ」

『イタサン』でパンを焼くのは、寺田さんひとり。だからこそ無理はしないようにしている。以前は週に1日だった定休日を、余裕を持って仕込みをするため、月・火・金の3日に変えた。最近は子供たちも成長し、家のことも少しは楽になったという。

カレーパン210円もあります。
カレーパン210円もあります。

『イタサン』のサンドイッチについて寺田さんは「とにかくわかりやすいっていうことと、なるべく食べてがっかりされないように意識しています」と語っていた。そう、『イタサン』のサンドは見た目からしておいしそうで、ストレートなうまさがあるのだ。

ごぼうサラダ250円も具材が、当然たっぷり。
ごぼうサラダ250円も具材が、当然たっぷり。

このへんの塩梅は美容師時代に地元のお客さんと話していた感じと、中板橋出身の夫のアドバイスから得たものだという。確かに庶民的な雰囲気の中板橋には、わかりやすくおいしい『イタサン』のサンドイッチは合う。

寺田さんは、毎日、忙しいながらも、余裕ができたら中板橋にもうひとつ店を出したいという。そちらも、すぐ人気店になるのは間違いないだろう。

住所:東京都板橋区中板橋27-16/営業時間:7:00~18:00/定休日:月・火・金/アクセス:東武東上線中板橋駅から徒歩3分

取材・撮影・文=本橋隆司