認知されなかった「シャバシャバカレー」
カレーが好きなサラリーマンだった店長兼オーナーシェフの佐藤さん。さまざまなカレーを食べ歩き、週末は自分でもカレーを作った。それでもカレーへの想いはとどまらず、会社を辞めて荻窪に『すぱいす』を開店したのが2002年のこと。
カレーの味にはかなり自信があった。しかし世は、脂っこくとろみのあるカレーが旨いと思われていた時代。シャバシャバのカレーは「客を選ぶ」といわれ、何カ月も赤字が続いた。
ようやく2年が経過した頃、急激に客足が増え始めた。そこから『すぱいす』は「シャバシャバカレー」の先駆者として、名を馳せることになる。
「毎日食べられるカレー」に女性客が反応した
この頃から、客層の7割は女性だったという。通常カレー専門店は女性客が少ないので、とても珍しい現象だ。
なぜ女性に受けたのか。理由は作り方にあった。
余計な油や小麦粉を使わず、素材の味を生かして作るインド風のカレーは、スパイスの香りが強く、ブイヨンの濃厚さが際立つ。お腹いっぱい食べてももたれないのが特徴だ。そして次の日、「また食べたい」と思える。
「万人に受けなくてもいい。一部の人を中毒にしたかった」
佐藤さんの願いどおり、今やこの店のカレーは“シャバシャバ・スパイシーカレー”として広く認知され、多くの人を夢中にさせている。
地道な作業でのみ得られる、透明感のある味
玉ねぎを6時間炒め、20種類のスパイスを挽く。鶏ガラ、牛骨、牛すじ、香味野菜で丁寧にブイヨンを取る。
時間と手間のかかる、地道な作業を経て出来あがる骨付きチキンカリー。白い皿にごはんとカレー、そして具は鶏の手羽元のみのシンプルな一皿だ。
一口食べて、鮮烈なスパイスに負けない、濃いブイヨンの風味に圧倒された。まるで和食の出汁のように、素材の味が感じられる透明感のある味。後を引くスパイシーな辛さもたまらない。
骨付きチキンの煮込み方も絶妙だ。肉はしっとり、ほろり。軟骨ごと骨から外れ、全部おいしく食べられる。麦の入ったごはんは多く見えたが、カレーの軽さになんなく食べきってしまった。
これが、日本スタイルのカレーの到達点と評される味なのか。
旬の食材を探し歩き、さらなる上を目指す
素材そのものの味を大切にしたい。そのために、産地に足を運び、生産者と直に関わってきた佐藤さん。宮城県の牡蠣をはじめ、日本ほうれん草やフルーツトマトなど、たくさんの食材を見出し、提供してきた。
「常に上を目指さないと。お客さんに追い越されちゃいますから」
シャバシャバ・インド風スパイシーカレーのレジェンドと言われる今でも、細かなマイナーチェンジや試行錯誤を繰り返すことを厭わない。さらなる高みを目指し続ける店だ。
取材・⽂・撮影=ミヤウチマサコ