吉祥寺北口の路地にあるベトナム屋台料理店

吉祥寺駅北口にあるヨドバシカメラの裏側エリアは、今なお昭和の雰囲気が残っている。派手なネオンに飾られた看板を横目に見ながら、路地の奥に入っていくと、突如アジアの屋台風の建物が現れた。小さな窓から鶏スープの香りを漂わせているこのお店は『チョップスティックス 吉祥寺店』だ。
真っ赤な看板に鶏のマークが印象的。平日でも夜は入店待ちが出る。
真っ赤な看板に鶏のマークが印象的。平日でも夜は入店待ちが出る。

中に入るとミントグリーンの壁や木のテーブルがベトナムの空気感を醸し出し、まるで現地に足を踏み入れたようだ。

『チョップスティックス』は2003年、高円寺駅北口の『大一市場』に誕生した。日本料理店やイギリスの日本食レストランで研鑽を積んだオーナーの茂木貴彦さんと、インターネットの掲示板で知り合った共同経営者とで、海南チキンライスをメインにしたアジア料理店をオープンした。

現在は、高円寺本店のほか下北沢とここ吉祥寺に店舗を構えている。

オーナーの茂木貴彦さん。
オーナーの茂木貴彦さん。

「オープンして3カ月後に共同経営者が離脱したので、ひとりで店を運営していたのですが、たまに友人が食べにきてくれるくらいの客入りで。そんなとき、取材に来てくれたのが『散歩の達人』なんですよ」と、茂木さん。初めてのメディア取材がなんと月刊『散歩の達人』だったとは。

「店がある『大一市場』は、当時量り売りの味噌店や乾物店、小さいスナックとかが点在しているようなところでした。夜にならないと人通りがないような場所でしたが、『散歩の達人』に紹介されてから、テレビやほかの雑誌でも取り上げられるように。次第にたくさんお客さんが来てくれるようになったんですよ」と話す。

ミントグリーンの壁や、椅子の座面のベトナムらしいファブリックが目を引く。
ミントグリーンの壁や、椅子の座面のベトナムらしいファブリックが目を引く。

『チョップスティックス』が生麺だけなく、本格的なベトナム料理が食べられると知られるようになったのは、茂木さんのベトナム料理への探究心の賜物だ。高円寺本店をオープンして数年経った頃、茂木さんはある飲食事業会社から東南アジア料理店の新規立ち上げスタッフとしてヘッドハンティングされる。高円寺の店はスタッフに任せ、自身は会社に勤めながらベトナムなどへ赴き、仕事の傍ら専門的な知識や技術を習得していった。この経験は、退職後再び高円寺の店に復帰してから存分に発揮されることとなる。

高円寺本店はすっかり人気店になり、2014年には吉祥寺店をオープン。ランチは生麺フォーと越南鶏飯をメインに、夜はさらにベトナムの屋台料理を充実させたメニューを展開している。

国産米粉を使用したもっちもちの生麺フォーを開発

茂木さんは本格的なベトナム料理というだけでなく、国産の食材を使ったメニュー開発にも情熱を込めている。代表的なのは、この店の圧倒的な個性である日本の米を使用した麺。そして、化学調味料を一切使わず、香味野菜と国産地鶏ガラで出汁をとる、あっさりとしながら旨味を感じるスープだ。

実は、日本初の生麺フォーの開発は『チョップスティックス 高円寺本店』がオープンする前から始まっていた。

写真は米粉で作られた平たい麺のフォー。これより細く丸い麺ブンもある。
写真は米粉で作られた平たい麺のフォー。これより細く丸い麺ブンもある。

茂木さんがはじめて米麺を食べたのは、イギリスで働いていた時のこと。「乾麺でもおいしいなと思っていたんですけど、帰国して米を食べたら『日本の米って世界一うまいな』って思ったんです。それじゃ、国産米で麺を作って世界一おいしい米麺を作ろうと、開発を始めました」。

ベトナム現地でさまざまなフォーやブンを食べ歩くなかで米粉で作った生麺のフォーに出合い、製麺所も見学した。

ベトナムの米は長粒米で軽くもちもち感がない。そのため、おかずをのせたりスープをかけて食べるのが主流だ。

「ふだんの食事でもさらさらと軽いからお茶碗3杯ぐらい食べられる。今となってはベトナム米で作ったフォーも好きなんですよ。それもおいしいんですけど、最初食べた時は少し物足りないと感じてしまいました」

見た目はうどんのような生麺フォー。
見た目はうどんのような生麺フォー。

というわけで始まった茂木さんの挑戦だが、2000年初頭は米粉自体が珍しい状態。まずは全国各地の農協などに問い合わせ、米粉を取り寄せることから始まった。それと並行して知人に紹介してもらった『吉野製麺所』に生麺フォーの製造を依頼することに。

しかし、米粉は小麦粉と違ってグルテンがないのでボロボロになってしまう。そのつなぎになる素材との割合の調整が難しく、納得がいく生麺フォーができるまでに数カ月を要した。

生麺フォーのもちもち感が楽しめるつけ麺フォーの調理風景。麺の量がデフォルトで普通盛りの1.5倍なので麺好きにはおすすめ。
生麺フォーのもちもち感が楽しめるつけ麺フォーの調理風景。麺の量がデフォルトで普通盛りの1.5倍なので麺好きにはおすすめ。

「今はいろんな品種の米粉やつなぎの材料が出ているので、当時のレシピからは変わり、だいぶ費用も安くおいしい米麺が作れるようになりました。ベトナムよりおいしいオリジナル米麺を作りたいと思っていたので、目標が達成できました」と話す。

とにかく茂木さんのベトナム料理に対する愛情と、それを昇華させようとする情熱がすごい。自慢の料理を早く食べたいー!

超あっさり!スルスル入る生麺フォーと越南鶏飯&生春巻き

ランチメニューを見てみると、A.生米麺と越南鶏飯(ハーフ)のセット、B.生米麺と生春巻きのセット、C.炊き込みご飯と生春巻きの3種がメイン。

メイン以外のバインミーと蒸し鶏のフォーにもひかれたが、最終的にこの店の定番メニューが少しずつ味わえる、蒸し鶏のフォー(ハーフ)、越南鶏飯(ハーフ)と生春巻きのセット980円を“パクチー多め”でオーダーした。

すべてのランチメニューには中ジョッキサイズのハス茶がついてくるところもうれしい。

ランチセットAとBは10種の生麺フォーと2種のブンから1品選べる。Cはは3種の炊き込みご飯から選べ、スープ付きだ。
ランチセットAとBは10種の生麺フォーと2種のブンから1品選べる。Cはは3種の炊き込みご飯から選べ、スープ付きだ。

メニュー数が豊富なうえ、麺やご飯の量、パクチー、野菜の量も選べるからその日の気分で食べられるのもいいなあ。

そんなことを考えながら厨房をのぞいてみると、筆者の蒸し鶏のフォーが完成直前だったので慌ててシャッターを切る。オーダーしてから提供が早いのも忙しいランチタイムはありがたい。

あっさりとした蒸し鶏のフォーが定番だ。
あっさりとした蒸し鶏のフォーが定番だ。

かわいらしい器に盛り付けられた今日のランチ。3種類も並べて、今日は豪勢な気分。それでは、いただきます!

ボリュームたっぷりのランチ。これで980円は驚きだ。
ボリュームたっぷりのランチ。これで980円は驚きだ。

最初は蒸し鶏のフォーから。丁寧にとったスープは澄んでいて、超あっさりだけど、旨味の余韻が穏やかに続く。平たい生麺フォーは、もちもちとした弾力がありながらツルッと喉越しがいい。シャキシャキのもやしや香りのいいパクチーがスープと麺をつないでスルスルと入っていく。全体的にあっさりとした味わいのなかに、しっとりとした蒸し鶏がごちそう感を主張している。なんかエライぞ、蒸し鶏!

国産米のもちもち感や香りがする生麺フォーは『チョップスティックス』ならではの味わい。
国産米のもちもち感や香りがする生麺フォーは『チョップスティックス』ならではの味わい。

次は越南鶏飯に行ってみよう。ぷりっとした蒸し鶏とショウガ醤油がいい香り! 鶏の旨味がお米の一粒ずつに染み渡っている。シャキシャキの水菜やピーマン、砕いたナッツの絶妙な食感と香りが一体となっている。

鶏の旨味がシミシミの越南鶏飯は、ほくっとした炊き加減。
鶏の旨味がシミシミの越南鶏飯は、ほくっとした炊き加減。

肉も野菜も米も、まんべんなく摂れるところがベトナム料理のいいところ。続いてリーフレタスやブン、大葉、蒸し鶏、エビをライスペーパーでぎゅっと包み込んだ生春巻きをパクリ。

生春巻きの中にはフォーより細く丸い麺・ブンが入っている。ブンは生麺ではないが他の具材とよくなじみあっさりといただける。
生春巻きの中にはフォーより細く丸い麺・ブンが入っている。ブンは生麺ではないが他の具材とよくなじみあっさりといただける。

最後に、キーンと冷えたジョッキ入りのハス茶を、生ビールのごとくゴクゴク飲んで大満足。プハ〜ッ! これだけ食べて満足感があるけど、すぐにお腹がこなれてくるところもいい。さあ、おいしいランチでパワーチャージしたから、午後の仕事もがんばりましょう!

取材・文・撮影=パンチ広沢