温泉街で台湾の温泉文化に触れる
環太平洋火山帯に属する台湾は日本同様、地震の多発地帯である。それゆえ、必然的に温泉も湧いている。台湾の温泉が最初に注目されたきっかけは、台北のすぐ先にある北投(ベイトウ)の地。1894年にドイツ人硫黄商人のオウリーが発見したそうな。
それに拍車をかけたのが温泉大好きの日本人たちである。日本統治時代(1895~1945年)、台湾各地に温泉郷が次々に生まれ、戦後それは台湾人の手に引き継がれた。衰退した時期もあるそうだが、今やご当地名物のひとつである。
台湾はほぼ九州サイズの中に、温泉地が100カ所以上あるのだから半端じゃない。湯質もさまざま。その中でも「北投」「陽明山(ヤンミンシャン)」「關子嶺」「四重渓(スーツォンシー)」が台湾4大名湯に数えられている。
今回機会があって訪れたのはそのひとつ「關子嶺」である。エリアとしては台南に属するが、お隣の嘉義からも近い。いずれにしても交通手段は車かバスのみ。嘉義からだと、市街地から国道3号を使って40分あまり。途中、甕缸雞(ウォンガンジー)=鶏の窯焼きの店が笑ってしまうほど連なる山道を抜けて到着。川の流れる山の谷間に沿って続く温泉街のひなびた風情は日本そっくりで、日本統治時代の面影をどことなく感じさせる。
温泉の楽しみ方は露天風呂から、宿泊できる温泉宿までさまざま。「關子嶺」では、温泉的にベストポジションといえる源泉の脇に『警光山荘』という端正なたたずまいの温泉ホテルが立っている。
看板に「POLICE」と添えられている通り、ここは警察の保養施設である。すごいな。警察関係者のみ宿泊可だが、日帰りなら建物奥にある公衆浴場スペースが利用できる。源泉を抑えることで、どろどろしそうな利権問題に目を光らせる意味もあるのかもしれない。
こういった警察保養地は6カ所の温泉地にあるそうで、台湾人も今やすっかり温泉好きである。「夫婦とかがゆっくり浸かるなら個室のほうがいいよ」と案内してくれた事情通の地元友人のすすめに耳を傾けつつ、温泉宿を物色する。
うねる山道の両側に、温泉施設が先のほうまで続いている。年季の入った建物も少なくない。途中にバイクの並ぶ立派な警察の派出所もあった。署内にも温泉がありそうな勢いである。
あれこれ迷った末、見た目の良さそうな『千鶴山荘』という温泉宿を選んでみた。カウンターの女将さんは日本語ができる方で「日本人もよく来るからね、勉強したんだよ」と陽気に答える。ここで個室の2時間貸しを試してみた。
包み込まれるような温みが心地よい、泥を含んだ湯
客室はこざっぱりした造りで、奥に1人用サイズの浴槽がひとつ。旅館風の廊下の造作や、壁に日本家屋の古い欄間の飾りがはめ込まれているところからして、昔は日本家屋だったのかもしれない。宿の名前も千鶴(chidzuru)と日本語読みするようだし。
部屋の浴室には蛇口が2つ付いている。一方の「泥漿溫泉」とある方をひねれば、薄墨色の熱い湯がどばどばあふれ出す。關子嶺の湯は弱アルカリ性碳酸泉の灰色泥泉、つまり泥を含む温泉だという。数ある台湾の温泉地の中でここだけで湧く泉質で、美容に効果ありとか。クセの強い匂いのようなものは特に感じない。
もう一方の「冷水」とある蛇口は水で、こちらを加えて好みの温度に整える。
台湾ではぬるま湯に近い温泉もある。亜熱帯〜熱帯に属する暑い土地柄ゆえ、そのぐらいでも心地よいのだ。「關子嶺溫泉」は75〜80℃としっかり熱いので、日本同様の湯加減で浸かることができる。
十数分ほどで水を加えた湯がいい具合に溜まってきたので、湯船にそろりと浸かってみる。ちなみに台湾では湯船に入る前にかけ湯をする習慣はない。気にせずさっさと浸かるべし。
泥を含む湯といってもどろどろべたつくようなことはなく、さらりとしている。包み込まれるような温みが心地よい。友人が気を利かせて差し入れてくれた台湾ビールを手に、しばしの極楽である。湯にゆったりと浸かり、床でのんびり湯冷ましして終了。体はほかほか、肌がなめらかになった気がする。
台湾といえば足裏マッサージも有名だ。好奇心の赴くまま散歩し尽くした足の疲れを取るにはもってこいだが、温泉はそれに匹敵する、いやそれ以上かも。日本から台湾を訪れ、温泉巡りを楽しむ手練れの台湾マニアがいるのは知っていたが、気持ちがしみじみ理解できてしまうのであった。おすすめなのである。
『千鶴泥漿溫泉山莊 (Chidzuru Hot Spring Resort)』
HP:https://6822313.ho.net.tw/about.php
※今回借りた部屋は2時間コース1500元。
取材・文・撮影=奥谷道草