イーストハーレムのソウルフード「チョップドチーズサンドイッチ」が食べられる

吉祥寺駅を出て、井の頭通りを三鷹方面に5分くらい歩いていくと海外の雑貨店のような店がある。ガラスの壁一面に商品が陳列され、派手なレイアウトのPOPが張り巡らされている。どんなお店なのか興味がわいて窓から店内をのぞくと、鉄板がある厨房やすべて英語で書かれたメニュー表がある。あれ、ここは飲食店でもあるの?

サボテンやソテツなどの植物が飾られ、ディスプレーも海外の雑貨店っぽい。
サボテンやソテツなどの植物が飾られ、ディスプレーも海外の雑貨店っぽい。

落ち着いた雰囲気の吉祥寺ではあまり見かけないタイプの店なので、入り口の前で店内の様子を観察していると、「どうぞ〜!」と店主の宮本佳和(みやもとよしかず)さんが迎えてくれた。

箱いっぱいのお酒の空き瓶があるかと思えば、ドアにはいかついお兄さんと共に「こども110番の店」の文言を掲げるポスターもある。
箱いっぱいのお酒の空き瓶があるかと思えば、ドアにはいかついお兄さんと共に「こども110番の店」の文言を掲げるポスターもある。

宮本さんは都内の飲食店で働きながら貯金し、2014年、24歳のときに幼少期からの目標だった「アメリカで暮らす」という夢を叶えた。ニューヨーク市内に居を構え、午前中は語学学校に通いながら、夜はミシュランガイドにも掲載されている有名焼き鳥店で働いた。

少しワイルドなところもあるが、実はとてもフレンドリー。細かな気配りもしてくれる店主の宮本さん。
少しワイルドなところもあるが、実はとてもフレンドリー。細かな気配りもしてくれる店主の宮本さん。

「日本で飲食店のバイトをしていたのは、料理人なら世界中、どこででも働けると思ったから。実際、ニューヨークに行ってすぐ役に立ちました。だけど焼き鳥店の職場はすごく厳しくて、毎日『明日、辞めてやる』と思っていました」と話す。そこで半年働いていたが、イーストハーレムのクラブに遊びに行った時、チョップドチーズサンドイッチ発祥の店『Hajii’s』で食事をし、あまりのおいしさに衝撃を受けたそう。

名物のチョップドチーズサンドイッチのほか、チキンオーバーライスやフレンチフライ、スナック菓子も置いてある。
名物のチョップドチーズサンドイッチのほか、チキンオーバーライスやフレンチフライ、スナック菓子も置いてある。

世界中の美食が集まるといわれる日本でも味わえない、スペシャルな味を持ち帰って店を開こうと、『Hajii’s』のオーナーに「給料はいらないからここで働かせてくれ」と直訴した。星付きの焼き鳥店での勤務経験が査定に加味され、見事採用されたのだ。4年働いたあと2019年に帰国し、2021年7月、吉祥寺に『The Daps Famous Hood Joint』を開いた。

宮本さんは「日本にはまだない『Hajii’s』のチョップドチーズサンドイッチを、たくさんの人に広めたい」と話す。

ニューヨークによくあるブラウンストーンを再現した店舗

気がつけばこの店に入る前から「何コレ!?」や「どうして!?」を連発している筆者だが、いちばん驚いたのは店内の大部分を占める赤いレンガの山だ。コレは何なんですかー?

タイムズスクエア周辺にある赤褐色の階段(ブラウンストーン)がモチーフになっている。
タイムズスクエア周辺にある赤褐色の階段(ブラウンストーン)がモチーフになっている。

「タイムズスクエアの階段や、自分が住んでいたハーレムの街にある特徴的な建築様式『ブラウンストーンビルディング』を再現しています。ニューヨークにはこういう赤褐色の建物から歩道へ続く階段があって、みんな階段に腰掛けてサンドイッチとかを食べるのが日常の風景なんです。吉祥寺でもそんな光景を見てみたくて、7トンのレンガをスタッフ全員で運びました」

ちなみにブラウンストーンとは建築材料である赤褐色の砂岩で、これにより作られた長屋のことを指す。現地ではブラウンストーンから歩道まで階段になっており、『The Daps Famous Hood Join』もいちばん低い床の高さは歩道と同じ高さになっている。

棚いっぱいに収められた雑貨はアメリカから取り寄せたもの。フィギュアやタバスコ、洗剤にコンドームまで並ぶ。
棚いっぱいに収められた雑貨はアメリカから取り寄せたもの。フィギュアやタバスコ、洗剤にコンドームまで並ぶ。

「建物の中と外を曖昧にした店舗デザインなんです。語学学校で仲良くなったクラスメイトが日本人の建築家で、帰国後に俺のビジネスプランを話したら意気投合しました。それで一緒に店を作ることになったんです」

渡米前はDJとしても活動していた宮本さん。今はプレイすることはないが、店内でしばしば音楽イベントが開催されている。
渡米前はDJとしても活動していた宮本さん。今はプレイすることはないが、店内でしばしば音楽イベントが開催されている。

筆者はニューヨークに行ったことがないから、現地のブラウンストーンを見たら「あ、吉祥寺にあったヤツ!」と思うんだろうな。それにしても何から何まで型破りで、ナチュラルな雰囲気の店が多い吉祥寺では強烈な個性を放っていますね。

階段を上り切った店の奥にはバーバー『CHIL CHAIR』がある。
階段を上り切った店の奥にはバーバー『CHIL CHAIR』がある。

「日本では普通であることを強いられるけど、そういう感覚をぶち壊すことが、ニューヨークから帰ってきて新しいことを始める俺たちには必要だったんです。『オリジナル』になることの大切さをたくさん教えてもらった、ハーレムの人たちみたいに『俺を見ろ!』みたいな感覚で商売をしたいと思っています」

最近は、日本全国どんな街に行ってもなんとなく同じような店が並び、どこかで見たような景色が増えてきたなあと感じていたところだ。こんな店こそ待っていました!

ニューヨーカーの日常食。とろ〜りチーズとビーフの肉汁が滴るサンドイッチ

いろいろ話してくれながら、次々と入るUber Eatsや来店客のオーダーに応えていた宮本さん。そのそばで肉をジュウジュウ焼くおいしそうな匂いと湯気をたっぷりと浴びてきた筆者は、いよいよ我慢ができなくなってきた。この店の名物、『Hajii’s』直伝のチョップドチーズサンドイッチ1150円をいただいてみよう。

地元の人々だけでなく、インバウンド客や横田、横須賀、座間基地に所属するアメリカ兵たちも「まさか日本で『Hajii’s』が味わえるの⁉︎」とわざわざ食べにやってくるそうだ。

オーダーが入るとすぐさま調理に取り掛かる宮本さん。冷蔵庫から材料を取り出すと、鉄板で肉を焼きながらオーブンでパンを焼く。

鉄板の上で薄切りのビーフを焼きながらチョップして粗めに刻み、特別に配合したスパイスや調味料で味付けする。
鉄板の上で薄切りのビーフを焼きながらチョップして粗めに刻み、特別に配合したスパイスや調味料で味付けする。
ジューシーなビーフを覆い隠すほどたっぷりかかったチェダーチーズ。これらをシャキシャキ野菜とともにサンドする。
ジューシーなビーフを覆い隠すほどたっぷりかかったチェダーチーズ。これらをシャキシャキ野菜とともにサンドする。

調理時間は約10分。できたてアツアツのチョップドチーズサンドイッチを、雑談しながらペーパーでくるくるっと巻き、包丁でザクッと半分に切ったら完成。宮本さんから商品を受け取り、さっそく階段に座って食べてみましょうか。

ガブリとかぶりつくと、ジューシーなビーフの旨味とチーズのコク、シャキシャキのレタスやトマトが相まって、むむむ、これはクセになる味!

おいしさの肝となるビーフにかけたスパイスは内緒と言っていたけど、クミンや唐辛子、ニンニクのような香りがするなぁ……。

噛み締めるほどにビーフと溶けたチーズの旨味があふれ出し、それを歯切れのいいパンが逃さず吸いあげてくれる。
噛み締めるほどにビーフと溶けたチーズの旨味があふれ出し、それを歯切れのいいパンが逃さず吸いあげてくれる。

筆者は初めて食べたチョップドチーズサンドイッチ。スパイシーに味つけた肉とチーズ、生野菜と具材はタコスにも似ているけど、これはもっと肉々しく、ジャンクな感じでボリュームもある。「ハーレムの辺りではごく普通の食事なんですよね。日本で言ったらツナマヨおにぎりみたいな(笑)」と宮本さん。そう聞くとグッと親近感が湧いてくる。日本に長く滞在するアメリカの人たちが「ああ、この味が恋しかった!」ってなるヤツなんですね。

現地を再現したシチュエーションで食べたからか、日本にいながら旅行に来た気分になりました。

取材・文・撮影=パンチ広沢