20代の終りから30代の頭にかけて、近所に住む友人Tと「相席屋」へ行っていた。知らない人のために説明しておくと、相席屋とは、異性と相席できるシステムの居酒屋。つまり、同性の友人と2人で行けば、即席で2対2の合コンができる。

店内は飲み食べ放題。男性は10分で500〜800円程度のお金がかかるが、女性は無料。そのため、タダ飯を食べるためだけに来店する女性が一定数いる。彼女たちと相席した場合、こちらが何を話しかけてもほとんど反応のない、無意味な時間を過ごすことになる。それでもいるだけで金は減っていく。態度の悪さにいらだって「何しに来たの?」と聞くと「ご飯食べに来ただけだから。男興味ない」なんてふざけたことをぬかす。男を足蹴にすることで、自己肯定感を高めていそうで不愉快だ。

そんな時は、酒を頼むふりをしてハンディ端末を取り、「席替え希望ボタン」を押す。しばらくすると店員がやってきて、「いろいろなお客様と相席していただきたいのでご移動できますか」と席替えを促してくれる。去っていく女性の背中へ、悪意を込めた「おつかれー」を投げかけ、少し溜飲を下げる。

もちろん男性側からだけでなく、女性側からもチェンジが出る。話が盛り上がって、そろそろ2軒目に誘おうかというタイミングで、いきなり店員に移動を促される。噓だろ。あんなに楽しそうだったのに。何かの間違いではないかと女性を見ると、私たちと目も合わせず、何食わぬ顔で他の卓を見ている。このように、相席屋とは男と女が腹の内を探り合い、品定めの目線が飛び交う修羅の世界なのだ。

敵はこちら側にも

対立が起きるのは男女間だけではない。同性間でも頻繁に揉めることがある。いつも相席屋へ一緒に行っていた友人Tは、中学の同級生で10年来の付き合いだ。中学時代から自己中心的な部分のある男だったが、異性を前にするとその特徴が顕著に現れた。

たとえば、2人いる女子の片方がTの好みだったりすると、「〇〇ちゃんめっちゃかわいい」などとその子へばかり話し掛ける。私も同じ子がいいなと思っていたりするのだが、もう片方の子に気を使い「いや、××ちゃんもかわいいし今日めっちゃいい飲み会だね」などとバランスを取ろうとする。そんな私の気も知らずTはタイプの方の子にばかり話しかけ、自然にTと〇〇ちゃん、私と××ちゃんという形に持っていかれる。

女性と解散したあと「お前勝手に片方の子ばっかり話しかけんなよ」と責めると、Tは「でも〇〇ちゃん、最初から明らかにお前より俺の方に気があったで」などと証明しようもないことを言ってくる。ちなみにTはそれを言えるほどモテそうなタイプでもない。非常に腹立たしく口論になるが、それでも最後につけ麺を食べて帰る頃には仲直りした雰囲気になり、結局また数日後に2人で相席屋へ繰り出すのだった。

相席屋に行っても大抵は屈辱的な思いをして帰るだけだが、たまにうまくいきそうな時もある。その日は、かわいくてノリの良い、すごくいい感じの2人に当たった。私たちのことも悪くは思っていないようで、誘ってみるとすんなりカラオケ屋へ移動することに成功。自然と距離感も近づく。そこから王様ゲームをしてさらに親睦を深めようとするのが私たちの常套手段であった。数回目のターンで私が王様を引いた。そうなればこっちのものだ。私が王様を引いた際は、Tが指で数字をさりげなく示すことになっている。そうすることで各々の数字をある程度把握し、確実に男女のペアをこしらえる手筈を整えていた。

私は「え〜誰が何番なんだろ〜」とくだらない演技を続け、Tの方を見た。Tはヘラヘラと笑うばかりで、指のサインを送ってこない。おかしい。忘れているのかと、Tにアイコンタクトを送り、口パクで「おい!おい!ゆび!」などと伝えていたところ、Tは女の子たちの方を向いて信じられないことを言った。

「え、ちょっと待って(笑)、あいつなんかめっちゃ目でサイン送ってくるんやけど」

我が耳を疑ったあと、クラクラするほどの怒りを抱いた。自己中心的な男と思っていたが、こんなひどい裏切りをするとは思わなかった。そもそもこれはお互いのためのイカサマであり、私を裏切ったところでTにメリットはない。Tの胸ぐらをつかみそうになるのをこらえて、「いやいや、何もやってないや〜ん」と道化を演じてみたものの、憤怒から来る声の震えは隠せていなかった。

そのまま場はグダグダになって終了。なんであんな裏切りをしたのかTにたずねると、Tは片方の女の子をすごく気に入っていて、嫌われるのが怖くてサインを送れなかったとのこと。ふざけんなよ、と思った。こいつは私が海で溺れていても、他の選択肢にメリットがあれば簡単に私を見捨てるだろう。

そんなTも30過ぎに結婚して神奈川の方へ引っ越してしまい、私は相席屋へ一緒に行く相手がいなくなった。そうでなくても、もう私は相席屋の対象年齢を超えてしまっているようだ。相席屋になんか行っても時間と金の無駄だし、傷つくことばかり。もっと有意義なことに時間を費やしたい。そう考えてみるものの、やはり相席屋に行っていた頃のワクワク感は他に代えようのないものであった。そのうち一緒に行く相手が見つかれば、あの時のように無為な夜を過ごしてみるのもたまには悪くないだろう。

7年ぶりのアルバム『EXTRA』配信中。
7年ぶりのアルバム『EXTRA』配信中。

文=吉田靖直 撮影=鈴木愛子
『散歩の達人』2024年10月号より

20代後半あたりから地元の同級生がどんどん結婚し始めた。友人から結婚の報告があるたび「よかったな、おめでとう」と笑顔で祝福しつつ心の中では「ようやるわ」と思っていた。うらやましいと感じることもなかった。
大学生の頃、地元の同級生で上京した男友達3人と合コンをやったことがある。女性側は、同じく中学時代の同級生A子が集めてくれたが、A子は用事があったようで「じゃ、楽しんで」と言うとすぐに帰っていった。
東京に住んでからは数えるほどしか海へ行っていない。電車を乗り継ぎ海へ着いた瞬間は楽しい気分になるが、ちょっと海に入ったりビールを飲んだりした後はもうやることがない。私はもともとそんなに海が好きではないのだろう。海に行くならプラスアルファで何かわくわくするような刺激が欲しいと思う。