歴史は文献にないほど古い!?
地下鉄銀座線の稲荷町駅から徒歩2分。
浅草からもほど近く、下町情緒あふれる住宅地の中に『日の出湯』はあります。
4代目である現店主の田村祐一さんに、こちらの銭湯の始まりについて教えてもらいました。
「昭和のはじめに、曽祖母が別の方から引き継いだ銭湯なのですが、元の経営者がすでに7代目だったそうなので江戸時代にはあったんじゃないかと。一番古い記録は、近所のお寺にあった大正時代の絵巻物にうちが描かれていたものです」
東京ではめったに見られない“島型”のつくり
浴室に入ると、よくある銭湯とは違った雰囲気を感じるのではないでしょうか?
東京の銭湯は、浴室の奥に浴槽を配置し、手前が洗い場になっているのが一般的。
しかし、『日の出湯』は島のように浴室の中央に浴槽を構えています。
関西の銭湯ではよくみられるつくりですが、東京では珍しい設計。
2000年に現在の姿に改装する際、銭湯の仕事をほとんどやったことがない建築会社に発注したためだそうで、他にはないここでしか味わえない居心地の良さがあります。
そこに注がれるお湯は、なんと温泉!
「化粧水にも使われるメタけい酸の含有量で温泉の認定を受けました。弱アルカリ性でもあるので、肌にいい水質です。検査してくださった方は『成分の強さを謳う温泉施設も多いけど、実は成分のバランスが大事で、ここはとてもバランスがいい!』と言ってくれました」(田村さん、以下同)
古代檜と高品質の石を使った浴槽
浴室中央の檜風呂は、『日の出湯』の目玉というべき存在。
樹齢1000年を超える檜が使われており、自宅のお風呂はもちろん、他の銭湯でもなかなか味わえない優しい肌触りです。
体感温度が下がるため、ゆっくり入れて体もよく温まるそうで「『日の出湯』では檜風呂にしか入らないよ」と話す常連さんもいるのだとか。
さらに注目したいのが、山水石(1階)と十和田石(2階)を使った浴槽。
『日の出湯』は、1階と2階に浴室があり、週ごとに男女の入れ替えを行なっています。
「もっとたくさんの人がこっち(石の浴槽)に興味を持ってくれると思ったんですけど、意外とみなさん興味ないみたいなんですよね(笑)」
十和田石といえば、遠赤外線やマイナスイオンが多く発生することから、高級旅館の浴槽などにも用いられています。
山水石も水質に影響を与えない特性があることで知られていて、温泉成分を余すことなく堪能するにはうってつけ!
その魅力に人々が気付く前の今、石の浴槽にゆったり入るチャンスかもしれませんね。
週替わりのお楽しみ!スチームサウナと露天気分の岩風呂
そんなシンプルさが魅力の『日の出湯』ですが、1階と2階それぞれに“楽しみ”が設けられています。
1階にあるのが一人用のスチームサウナ。
「45度くらいでやさしめの設定なんですが、壁を麦飯石にしてから体感温度が上がった感じがしますね」
一人用なので、誰にも邪魔されることなく頭と体をリラックスさせられる上に、追加料金なしで利用できるのもうれしいポイントです。
一方、2階には外気を取り込めるよう天井が開いた岩風呂が。
特に冬場は、外のキリッと冷えた空気の中で温かい湯につかるのは、露天風呂のような気分でたまらなく幸せです。
また、夏の期間はここが水風呂になるので、内湯との温冷交代浴からの外気浴も楽しめて、“ととのう”ことも可能なんです!
店主自ら厳選した牛乳
銭湯でのお風呂上がりといえば牛乳!
実は『日の出湯』では一般的な牛乳を置いておらず、販売されているのは、その名も「最高の牛乳」300円。
「僕が牛乳が嫌いなので置いてなかったんですけど、さすがにお客さんから『牛乳を置いてくれ』の声が多くて。それでも嫌いなものは置きたくないので、全国からいろいろな牛乳を取り寄せて飲み比べしたんです。その中で、臭みもなくて僕でもおいしく飲める、奥出雲の木次乳業さんの牛乳を選びました」
田村さんは「僕のわがままですけどね」と話しますが、筆者はそこに信念を感じました。
さらに、この牛乳を使った「本気のコーヒー牛乳」500円も人気なんだとか。
「市販のコーヒー牛乳には、香料やカラメル色素などでそれっぽくしているだけでコーヒーが入っていないものもあるんですよ。コーヒーが入っていても、果糖ブドウ糖液糖などがたっぷりで……。そんなのは出したくないなと思って自分で作っています。珈琲屋のお客さんからは絶賛してもらえました。甘くないから、ボロカス言われることもありますけどね(笑)」
牛乳だけでなく、豆にもこだわっており台東区蔵前のコーヒー専門店『コフィノワ』に、無理を言って独自ブレンドを作ってもらっているのだそう。
筆者もいただきましたが、コーヒーはお風呂上がりに最適な軽やかさなのにコクもあって香り高い。
さらに、一般的な牛乳だと重くなりそうなところですが、木次乳業の牛乳がサラッと気持ちよく喉を通り抜ける爽やかな一杯でした。
細部にまで店主の血が通っている
最近は、シャンプーとボディーソープが無料で備え付けられている銭湯が多い中『日の出湯』にはそれがありません。
お話を聞くほどに、妥協をしないことが伝わってくる田村さんなので、ここにもきっと何かの思いがあるはずと話を向けてみました。
「台東区では無料で置いていないのは、うちだけみたいです。無料で置けるようなシャンプーだと、僕はあわなくてフケが増えたりして、自分で使いたくないものは置きたくないなと思います。そこで、僕も使ってみて気に入った、牛乳石鹸のボディーソープやシャンプーを50円でレンタルとして出しています」
人気のサウナや種類豊富なアトラクション風呂があるわけではない『日の出湯』。しかし、シンプルな中に個性が輝いています。そして、田村さんの“神経”が隅々まで行き届いた素晴らしい銭湯だと感じました。
写真・文=Mr.tsubaking