つながるご縁に力をもらって2014年にオープン
『tama cafe』は、カフェという言葉からイメージするお店よりもずっと広い。テーブル席がずらりと一列に並び、カウンター前に2人がけのソファ席、さらに広い大きなテーブル席まである。
韓国料理を出すお店だけあり、店内はごま油のいい香りが漂っている。和やかに楽しんでいるのは、幅広い年代の女性グループ、男性の一人客、カップルなどさまざまだ。
大学通りの入り口から入るといちばん奥にカウンターがある。その内側でキビキビと立ち働くのは、石川県出身の後藤さんと韓国出身のホンさん夫妻だ。メニューは、ホンさんの地元、韓国の料理やお茶がメインで、後藤さんの出身地である石川県にまつわるお茶やスイーツもある。
「『tama cafe』は、人のご縁とサポートがあってできたんです」と後藤さん。 “たま”という店名は、玉のように縁が転がってお店が開かれたこと、さらに縁が広がっていくようにという願いを込めて付けられた。
後藤さんとホンさんが『tama cafe』を開いたきっかけは、後藤さんの親友でもある建物のオーナーから「お店をやらないか」と声をかけられたことだ。後藤さんが「いずれは自分のお店を持ちたい」と話していたことを覚えていたのだとか。
店舗の内装デザインは、後藤さんが前職で出会った国立在住の家具デザイナー・小泉誠さんが担当してくれた。店名のロゴデザインは石川県出身の書家・国分佳代さん、料理などの提供にも使い、店内で販売もされている和食器は後藤さんの友人が運営するウェブショップ『Ivory(アイボリー)』で扱っているものだ。
「みなさんのおかげで自分たちだけでは作り上げることのできない店になりました」と後藤さんは笑顔で語る。
常連客はどれかひとつにはまりがち。ビビンバ、スンドゥブ、参鶏湯
『tama cafe』では、ホンさんが作るビビンバ、スンドゥブ、参鶏湯(サムゲタン)の3つの料理をメインとし、さらにそれぞれ具材が豪華になったメニューなどの韓国料理を楽しめる。常連客のほとんどは、3種類のうちどれかのファンになって毎回同じメニューを頼むのだとか。
後藤さんが「石焼ビビンバより油が少なくてヘルシーです」と話してくれた土鍋焼きビビンバをいただいた。なんでも石焼ビビンバの石焼鍋は焦げ付きやすいため油をたくさん使うが、土鍋を使うと油が少なくてもご飯のおこげがパリパリになるそうだ。
あつあつの土鍋焼きビビンバが、ご飯が焼ける香ばしい香りとパチパチいう音とともに運ばれてきた。『tama cafe』のビビンバは具材の種類が多い。一般的なほうれん草、ゼンマイ、豆もやし、にんじんなどのナムル、玉子のほか、油あげ、ごぼう、じゃがいも、大根の甘酢あえ、ひき肉、サニーレタスと盛りだくさんでヘルシー。
ご飯の焦げ具合を確認するとパリパリしていて見るからにおいしそう。「大胆によ~く混ぜて食べてくださいね」と、後藤さんは、ぐるぐると手振りも添えて教えてくれた。
一つひとつの具材を単独で食べてもおいしいが、混ぜると口の中でいくつもの味と食感があふれる。添えられたコチュジャンを加えてまた混ぜる。コチュジャンは自家製で、日本人の好みに合わせて甘めに作っている。最後までご飯はパリパリ、全体もあつあつのままなのがうれしい。
韓国の食材をアレンジしたカフェメニュー
こんなにおいしいビビンバをいただけるのに、「韓国料理店」ではなく「カフェ」と名乗っているのは、韓国料理=辛いというイメージを避けたかったことと、広くて雰囲気のいい店舗を幅広く利用してほしいと考えたから。
カフェメニューを代表するのが、韓国の伝統食・ミスカルを使ったワッフルやラテ。ミスカルとは、もち米や麦など雑穀を複数ブレンドしたもので、食物繊維やミネラルが豊富。韓国では朝食がわりにドリンクにして飲む人も多い。後藤さんは味と栄養の多さを気に入って、小麦粉と混ぜたワッフルや、ミスカルラテなど飲み物にして提供している。
ワッフルは、小麦粉だけで作ったものよりも軽いサクサクとした食感。香ばしい生地は甘さを控えて、メープルシロップやアイスクリームを添えて提供している。
美容や健康にいいといわれる韓国茶も9種類ほど用意。甘くないお茶は鉄瓶に入れて、さらに小さなお菓子を添えて提供していて、このお菓子もミスカルが使われている自家製だ。
甘処茶(ドゥングレ茶)は、ユリ科の植物の根を乾燥させたものが使われていて、美肌や老化防止、デトックス効果があるほか、胃腸にもいいのだとか。甘みはなく、すっきりした味わいで飲みやすい。
建物はかつて石川県の伝統工芸品を売るギャラリーショップだったこともあり、オープンから間もなくは飲食店として認識してもらえなかった。しかし現在では、『tama cafe』のお茶や料理がおいしいと近隣に住む幅広い年齢の人たちが来るだけでなく、テイクアウトの利用者も多い。
オープンから10年目を迎え、後藤さんは「皆様にお店を愛していただいていて、本当に幸せなことです」と感謝しながら日々お店を営んでいる。
取材・撮影・文=野崎さおり