きっかけはあの童謡⁉ 創業期は「たい焼」でロケットスタート
個人的な話になるが、幼少期の記憶にある『ポッポ』は、フードコートではなく『イトーヨーカドー』の食料品売り場の隣にちょこんとある店だった。
買い物をする母に手を引かれレジに並ぶと、決まっていい香りが鼻をくすぐる。『ポッポ』の店頭で焼かれるたこ焼の匂いだ。母の袖を引っ張ってねだるも、大抵は「晩ご飯を食べられなくなるでしょ」と、取り付く島もない。すたすた出口へ向かう母を追いながらイートインスペースに目を向ければ、バケツのようにでっかいかき氷の容器に入ったポテトをつまむ学生カップルとか、口の周りをソフトクリームでべちゃべちゃにしながらほほえむ子供の姿が目に映り、名残惜しさで胸がいっぱいになる。ここまでが、母との買い物のワンセットだった。
だからこそ、たま~にたこ焼を買ってもらえると、天にも昇るような気持ちになった。子供の口にはやや大きいたこ焼をひと口で頬張り、出来たての熱さにホフホフ悶(もだ)える。思えば、たこ焼を初めて食べたのって、『ポッポ』だったんじゃないかな。
高校生になると、よく学校帰りに友達と立ち寄る場所になっていた。その頃は食い盛りだったから醬油らーめんと山盛りポテトを一緒に頼んだ上、メロンソーダまで付けちゃったりしてさ。
そんな“豪遊”をしても財布に優しいし、肩肘張らない店の雰囲気が心地良いものだから、何時間も居座っていた。ハマったバンドの動向とか、好きな女の子が誰だとか、年相応の青臭い話で延々と盛り上がってたっけな。
「やっぱり懐かしむお客さまは多いです。子供の頃、『ポッポ』に通っていた方が、大人になって自分の子供を連れてきてくれたりもしますよ」。そう目を細めるのは、イトーヨーカ堂専門店事業部事業推進部総括マネジャーの白澤光晴さん。隣では、同事業推進部マネジャーの渡辺隼人さんが「そういうの、大切にしたいですよね」と、大きくうなずいている。
ふたりはまさに今、来年に迫る創業50周年を盛り上げるべく、いろいろと仕掛けている最中なのだ。「この節目に、私たちも過去『ポッポ』に携わっていた諸先輩方に話を聞いたりして、歴史を振り返っている最中だったんです」。
なんという僥倖……! 知られざる『ポッポ』ヒストリー、とくと伺おうではないか。
『ポッポ』は1975年、イトーヨーカ堂がソントン食品工業と業務提携を結び、ヨーク物産を創業。同社によって開業された。
創業期の主力ラインアップはたい焼、フランクフルト、お好み焼、クレープ、ハードアイス、ソフトクリーム、ドリンク、揚げスナック、どら焼きだ。
いわゆるディッシャーですくうタイプのハードアイス、棒に刺したジャガイモに切れ込みを入れて揚げた「トルネード」の愛称で知られる揚げスナックなど、当時のトレンドを押さえたであろう品々が並んでいるのは、アンテナの高さをうかがえて面白い。
また、「どら焼きは2000年代まで販売していましたが、前日から仕込んだ生地を使って、分厚い銅板で焼いていました」と、渡辺さん。商品へのこだわりは、この頃から並々ならぬものを持っていたのだ。
そんな創業期を語る上で外せない商品が、たい焼だ。と言うのも、実は『ポッポ』の創業した1975年は『およげ!たいやきくん』が発売された年だったのだ。
「日本で最も売れた」と謳われるレコードの影響たるや凄まじく、店舗は連日たい焼を求めるお客でにぎわった。これにより、『ポッポ』の認知は一気に拡大。たい焼は、創業間もない『ポッポ』を支えた看板商品だったのだ。
そんな大ヒット商品のたい焼だが、1980年代に入ると「今川焼」に入れ替わる。
「諸説あるのですが、祭りなどの出店(でみせ)で今川焼を焼いていた人が入社したことをきっかけに、商品化したそうなんです」
それが、今でも看板を張るロングセラー商品になるんだから、スゴイ。人気商品を新商品に切り替える大胆さには感服だ。
さらにこの時期、「揚げスナック」が「山盛りポテト(現在のメガ盛りポテト)」へと姿を変え、後に『ポッポ』の象徴となる「らーめん」も導入された。
現在に続く品書きのベースは、この頃すでに構築されていたのだ。
「メニュー開発は、数え切れないほどの試行錯誤がありました。本物の石窯を厨房に導入してピザを焼いていた時期もあったんですよ」
それを複数店舗で展開していたというのだから、驚きだ。飽くなきチャレンジ精神に、恐れ入る。
しかし、いろいろ試した結果、最終的に残るのは、創業期から続くスタンダード商品だったという。これはこれで、なかなか興味深い。
「結局、食べ飽きないメニューが残るんですよね。それに加えてうちは品揃えが多彩だから幅広いお客さまに楽しんでいただける。そこが『ポッポ』の強みでした」と、白澤さん。
そうだ。レジや焼き場の上で輝く電光パネルのメニューを目にすると、“お祭り感”があって、ワクワクしていたじゃないか。ショッピングセンターの中で、これほどバリエーション豊富な店は、他になかった。
苦境の中で磨き上げられた、看板商品「らーめん」
2000年代に入っても、イトーヨーカドーの出店に合わせて『ポッポ』は着実に店舗を増加。最大数の148店舗を展開することになる2008年まで、拡大傾向は続く。しかし、増えゆく店舗数に反して、『ポッポ』は苦境に立たされていた。その原因は、「専門店」の台頭だ。
「この頃、ショッピングセンター内もフードコート化が進み、たくさんの専門業態が参入してきました」
専門店とは真逆の「多彩な品揃え」を持ち味とする『ポッポ』は、この煽りを大いに受けたのだ。
「お客さまから『ポッポって、何屋なの?』と言われることもありました。苦しかったですね」と、白澤さんは当時を振り返る。
だが、そこで折れないのが俺たちの『ポッポ』だ!
2007年、『ポッポ』を運営するヨーク物産は、『デニーズ』を展開するファミールと合併し、セブン&アイ・フードシステムを設立。これを機に、商品のクオリティアップに力を注いだ。
「セブン&アイ・フードシステムズになって大きく変わったのは、らーめんです」と、渡辺さん。当時、『デニーズ』の中華麺系のメニューは専門店に匹敵するクオリティで人気を博していた。
このノウハウを取り込み、スープと麺を大幅に改良。昔ながらの素朴で飽きの来ない味わいをしっかり守りつつ、正統進化を遂げたらーめんは、『ポッポ』の真の看板商品として生まれ変わった。
多彩な品揃えはそのままに、今ある商品の価値を高める。
専門店に押されようとも『ポッポ』は自分たちの軸をブラすことなく、強みをさらに磨く道を選んだのだ。
「実は、うちの醤油らーめんが一年で最も食べられているの、真夏なんです」と、渡辺さん。「毎年、お盆の時期が一番注文が多い。帰省で久々に家族が集まった時に、『ポッポ』で食事をするというのも多いのかも。また、夏の暑さに慣れてきて、温かい醤油らーめんのホッとする味わいが欲しくなるのではないかな、とも考えています」。
今でこそ、この「ホッとする味わい」こそ『ポッポ』のパブリックイメージであり、アイデンティティと言えよう。それは苦境を乗り越えるために全霊で繰り返されたブラッシュアップの賜物なのだ。
「究極の生活密着系」。それこそが、『ポッポ』の真髄だ!
「2015年頃になると専門店ブームも一周して、潮目が変わってきました」と、白澤さん。「専門店が増えるということは、一つひとつの店が個性を出すということなので、その業態はどんどん細分化されていく。それに合わせるように、各店舗の価格も上がっていきました」
これによって、『ポッポ』の持ち味である「多彩な品揃え」と「コスパの良さ」が再評価され、注目されることとなる。
だが、この時点でも創業から数えて40年経っている。これほど長く続けられた要因は、モノやコスパの良さだけではないはずだ。
『ポッポ』が愛される理由とは何か。
それは、他の飲食店とは一線を画す「親近感」ではないだろうか。
「先日、ご高齢の女性客の方が3名で来店してくださったんです」と、渡辺さんはほほえみを交えて口を開いた。「各々が小盛りポテトとドリンクのMサイズをひとつずつ頼んで、ワイワイ談笑している。なんだか素敵だな、と思いました」。
他のチェーンファストフード店ではなかなかお目にかかれない光景で、ほっこりしちゃうね。
「毎日開店と同時にいらっしゃって、醤油らーめんを食べていく男性客の方もいらっしゃいます」とも。シンプルゆえに、飽きがこない味は、朝のルーティンにすらできてしまうのか!
「ここ2年ほど、『ポッポ』とはどういう存在なのか、部署内でも侃々諤々議論しながらやってきたんです。創業50周年に向けて、軸を持たせたくて」と、白澤さん。「でも、答えは出なかった。青春の1ページだったり、暮らしの何気ないワンシーンだったり、一人ひとりが『ポッポ』に抱くイメージが違うんです」。
それっていつも、自分たちの暮らしの隣にあるということなのではなかろうか。
言うなれば、「究極の生活密着系ファストフード店」だ。
「“いろいろな店があるけれど、『ポッポ』でいいよね”と、最後に帰ってくる。ずっと、そんな家みたいな存在でいられたらいいなと、最近は思うんです」
でもね、僕たちファンにとっては「『ポッポ』がいいよね」って気持ちです。
次から次へと新しい店が入れ替わるフードコートにおいて、「いつもそこにある」という安心を与えてくれる店。いまどきなかなかないっすよ。
50周年の、その先へ。『ポッポ』の灯は、決して消えない!
そんな『ポッポ』も、相次ぐイトーヨーカドーの閉店に伴い、今では30店舗を残すのみとなっている。
しかし、白澤さんも渡辺さんも「なくすわけにはいかないですよ」と、力強く答える。
「イトーヨーカドーの閉店日、お客さまに書いていただいたメッセージを貼り付けるんです。その中には『ポッポ、やめないで』という声がとても多い。本当に、愛されている店なんです。残していかなければ」
2022年、イトーヨーカ堂はセブン&アイ・フードシステムズから『ポッポ』の運営を引き継いだ。意外にも、イトーヨーカ堂が運営をするのは初めてのことだ。「自分たちの手で『ポッポ』を残していく」という、強い意志を感じる。
現在のレギュラーメニューは今川焼、たこ焼、らーめん、ポテト、ソフトクリーム、ドリンク。こうして見ると、ラインアップは初期の頃とほとんど変わらない。まさに、幾多の試行錯誤と苦難を経て厳選され、磨き上げられた精鋭たちだ。そこへイベントや季節ものを加えて変化も付けている。
「『ポッポ』にいながら旅情感を味わえたら、楽しいと思って」と、渡辺さん。今、開催しているのは、「ポッポらーめん紀行」だ。1カ月に1、2品ずつ、全国のご当地ラーメンを展開。2024年9月と10月は、新潟風生姜醤油らーめんと埼玉風スタミナラーメンが登場。
「もちろん、『ポッポ』が『ポッポ』であるための『スタンダード』はしっかり守っていきます」と、白澤さん。「誰もが入りやすい雰囲気とか、ほっと和む料理の味とか、それがきっと、お客さまの思い出になる。これからも、いつでも安心して“帰ってこられる”場所になるように、頑張っていきます」。
取材を終え、ふと周囲を見渡せば、客席はほとんど埋まっていた。黙々と食事をする会社員、おしゃべりをしている女性客。
多様な人々が各々の時間を過ごす空間の中で、学生服を着た4人の少年の座るテーブルが、目に留まった。
ノートを広げてはいるが、誰もペンを握っていない。代わりに彼らの手にあるのは、フライドポテトだ。つまんでは口に運び、談笑している。大方、勉強に飽きて、雑談に花が咲いちまったんだろう。
推しのバンドの話かな。気になるあの子の話かな。
学生時代のひと時が、ふっと脳裏をよぎる。
あの日の僕が、そこにいる。
彼らが大人になった時、この何気ないひと時が宝物になっていたらいいな。
うん、きっとそうだ。
『ポッポ』はそういう場所だから。
そういう存在なのだから。
取材・文・撮影=どてらい堂