「走り出したら止まらない」。雷親方の思い

「与野、いいところですね。のんびりしていて、人々が大らかで」と、雷親方。すると「東京より物価が安い気がします。力士たちの食べる量が多いから、実は重要ポイントで」と、女将の栄美さんが笑う。

雷親方と女将の栄美さん。栄美さんはアマチュア相撲の元全日本王者。まさに二人三脚で力士たちを支える。
雷親方と女将の栄美さん。栄美さんはアマチュア相撲の元全日本王者。まさに二人三脚で力士たちを支える。

雷親方は現役時代、「垣添」の四股名で活躍。スピードを生かした相撲で一時は小結まで昇進した。引退後、十七代・雷に。入間川部屋を継承するため、2020年に武蔵川部屋から移籍。部屋付き親方を務め、準備を進めることとなる。

「相撲を通じて得たことを、次の世代に伝えていきたい!」と、意気込む雷親方。

しかし当初、栄美さんは部屋を継ぐことを反対していた。

「自分たちも2人の子供を育てている中、他の家庭のお子さんを預かることになる。不安だったんです」

でも、最終的に決意を固めた理由を聞くと「夫が走り出したら止まらないの、分かっていたんで」と、微笑む。

こうして2023年2月、部屋を継承した雷親方。「雷部屋」の看板を掲げ、栄美さんと7人の力士とともに、一歩を踏み出したのだった。

稽古に宿す厳しさと、生活に宿る優しさと

稽古は四股から始まる。土俵を囲む力士たちが、掛け声とともにゆっくり足を上げ、どっしと地を踏み、腰を落とす。この日は、実に150回。その後、股割り、腕立て、すり足といった基礎稽古を経て、ぶつかり稽古に移る。

朝稽古の様子。
朝稽古の様子。

受け手の力士が腰を落とし、「エイ!」と気合を発した瞬間、攻め手の力士が突進。パァンと爆(は)ぜるような音が響き、土俵に電車道のごとき跡が描かれた。「もっと早く」「そこは残すんだ」と、雷親方の指導にも熱が入る。

一方、土俵の外でも各々が四股を踏んだり、筋トレをしたりと鍛錬に余念がない。ひたすら力をその身に蓄える。その姿を見れば、彼らが「力士」と呼ばれる所以がよく分かるというものだ。

最後は全員で力士の心得を唱和し、稽古が終了。皆、髷(まげ)が乱れ、全身砂だらけ。でも、表情は精悍(せいかん)そのものだ。

カッコイイぜ……。

「今日は稽古初日なので、短め。普段は取り組みなどもやるのですが、怪我させたくないですし」

そう語る雷親方の表情は、稽古中と打って変わって、柔和そのもの。力士たちに気さくに声をかけ、談笑している。

「最初の1年くらいは、打ち解けるのが大変だったんですよ」とは、栄美さん。「入間川部屋の頃の力士もいて、私たちが輪の中に入っていく形だった。積極的に声をかけて、ようやくなじんできたかな」。

そこへ、「ママ」と声をかけてきたのは力士の獅司(しし)。角界初のウクライナ出身の力士で、番付は十両。期待のホープだ。

「獅司、パパ(雷親方)より卓球強いもんね〜」と、オフの様子を語る栄美さん。「その話はしたくない」と口を尖らせる親方。2人を見て無邪気に笑う獅司。ああ、この光景、家族そのものだ。

「相撲って、辛いことも多いんですよ」と、雷親方。「でも、一生懸命頑張れば必ず報われる。私も相撲を通じてたくさんのご縁や経験に恵まれました。『頑張れば、倍になって返ってくる。それを信じてほしい』と、部屋のみんなに伝えています」。

きっと、各界に轟く雷鳴となる! 今後の活躍、とくと見よ!

「力を引き出してあげたい」と、粋な笑顔の雷親方。力士は右から順に、三段目・龍司、序二段・鷹司、三段目・西大司、十両・獅司、三段目・毅ノ司、三段目・雷道。並べば迫力半端ない。
「力を引き出してあげたい」と、粋な笑顔の雷親方。力士は右から順に、三段目・龍司、序二段・鷹司、三段目・西大司、十両・獅司、三段目・毅ノ司、三段目・雷道。並べば迫力半端ない。
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『雷部屋』

餅つきや豆まきなど、近隣住民との交流も盛んに行っている。それにしても、なかなかモダンでしゃれたいでたちの部屋だ。

●埼玉県さいたま市中央区八王子3-32-12
HP:ikazuchibeya.com

取材・文=どてらい堂 撮影=山出高士
『散歩の達人』2024年5月号より

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