静岡公演に当選したとき、さとうさんを誘ったら「行きます!」と即答してくれた。会うのは3回目でまだ距離感をはかっている途中なので、「さとうさんは別々の新幹線で行って会場の最寄り駅で集合するつもりかも……」と考える。しかし思い切って「行きの新幹線からご一緒しませんか?」と誘ってみると、「いいんですか⁉ ぜひ!」「サキさん、私『さわやか』に行ってみたいです」と返信が来た。
『さわやか』とは、静岡にある有名なチェーンのハンバーグ屋さんだ。ものすごく並ぶと聞く。さとうさんによると、10時から整理券が配布されるらしい。ライブは17時からなので、ライブ前に『さわやか』に行くことは可能だろう。
というわけで、静岡駅で新幹線を下車し、駅から近い『さわやか 新静岡セノバ店』に寄ることになった。さとうさんが予約してくれた新幹線は、8時45分に新横浜駅を出発し、9時47分に静岡駅に到着する。17時からのライブに行くとは思えないスケジュールだ。
新横浜駅でさとうさんと待ち合わせ、一緒に新幹線に乗る。新幹線は日帰りでも「旅行」という感じがする。そういえば、女友達と旅行するなんていつぶりだろう。ここ10年、旅行といえば元夫と一緒だった。
話していたらあっという間に静岡駅に到着。『さわやか』が入っている「セノバ」というビルへ向かう。『さわやか』の前に着いたのは10時10分だったが、すでに長い列ができていた。整理券は90番で、「入店は1時半頃です」と言われる。
ライブが行われる『エコパアリーナ』は、愛野駅という駅から徒歩15分。静岡駅から愛野駅までは、JR東海道本線で50分ほどだ。電車の時間を調べる。『さわやか』で食事をしてからだと、開演には間に合うけどグッズは買えないかもしれない。
さて、『さわやか』に入るまで時間をつぶさなければいけない。さとうさんが応援うちわを作りたいと言うので、コンビニでうちわの文字をプリントし(あらかじめアプリでデザインしておいたそう)、カフェに入る。さとうさんはプリントした紙を切って無地のうちわに貼り付け、無事にうちわを完成させた。
私のうちわはというと、表面には「正門良規くん」、裏面には「よしくん指ハートして」と書いてある。何かにハマることの少ない自分が、まさかこんなうちわを持つことになるとは。人生、何が起こるかわからない。
さとうさんに「今日のこと、連載しているエッセイに書いていいですか?」と聞くと快諾してくれた。さとうさんは初めて私にDMしたとき、「本を出している人だから詐欺じゃないだろう」と判断したらしい。本を出していてよかった。おかげで、さとうさんに出会えた。
ようやく1時半になり、『さわやか』に入店することができた。私は名物のげんこつハンバーグ、さとうさんはげんこつハンバーグの他にライスとみそ汁と竜田揚げを頼んだ。
げんこつハンバーグは、店員さんが目の前でハンバーグを切り、断面を鉄板に押し付けてじゅうじゅうと焼いてくれる。ハンバーグはおいしかった。けれど私はライブを前になんだか緊張してきて(自分が出演するわけでもないのに)、ハンバーグの味に集中できなかった。「もうすぐAぇ! groupを見られる」と思うと、ドキドキして食事が喉を通らないのだ。今度はライブ前じゃないときに『さわやか』に行きたい。
食べ終わって、静岡駅へ向かう。この時点で、『さわやか』に並んだときに検索した電車の時間は過ぎていた。次の電車でも開演には間に合うが、私はなるべく早く会場入りしていたいタイプなのでそわそわする。
一方で、さとうさんはのんびりしている。DMのやり取りなどを経てうすうす気づいていたが、さとうさんは私と同じで、あまりしっかりしていない類の人だ。あまりしっかりしていない類の大人がふたり、初めての土地で会場に向かおうとしている。不安だ。
静岡駅から東海道本線に乗る。しかし、発車時刻になっても電車が動かない。車内アナウンスによると、この先の駅で線路内に人の立ち入りがあり安全確認をしているという。
最初はたいした遅延じゃないだろうと高をくくり、のんきにおしゃべりしていたが、20分経っても発車しない。だんだん、私もさとうさんも不安になってきた。このままでは、開演に間に合わないかもしれない。
地図アプリを開いて、タクシーで会場へ行くルートを調べる。電車で50分もかかるのだから当たり前だが、タクシーでも遠い。高速を使って50分はかかる。
「どうします? このまま電車が出るのを待つより、タクシーで行ったほうが早いかも……」
そんな相談をしていると、同じ車両に乗っていたAぇ担らしき女の子2人組がパッと電車から降りた。ホームでキョロキョロしている。おそらく、タクシーを相乗りできる人を探しているのだろう。
「あの子たちとタクシー相乗りしません?」
私がそう提案すると、さとうさんもうなずく。私たちは電車を降りて、女の子2人組に声をかけた。彼女たちは私の提案に目を輝かせ、「ぜひ!」と言う。大学生くらいだろうか、2人とも明るい色の髪を三つ編みにして、おそろいのカチューシャをつけていた。
私たちは急いでホームを出て、窓口でICカードの入場を取り消してもらい、駅前でタクシーを拾った。助手席にさとうさん、後部座席に私と2人組が乗り込む。私が正門担でさとうさんが佐野担、2人組は末澤担と小島担。見事に推しがかぶっていない空間ができあがった。これで運転手さんがリチャ担だったら完璧だな、などと思う。
運転手は初老の男性だった。さとうさんが「エコパアリーナまでお願いします!」と言うと、驚いた顔で「えっ、いいの? ここからだとかなり遠いよ」と言う。
「17時からライブなんですけど、電車が止まってるんです!」
「それは大変だ! 急いでいかないとね」
車内に表示されている名前を見ると、運転手さんはK谷さんというらしい。
「誰のライブなの?」
「Aぇ! groupっていうアイドルです」
「あぁ、君たちは追っかけなんだ」
「追っかけ」という言葉を久しぶりに聞いた。若い女の子2人組は、その言葉自体知らないかもしれない。
K谷さんが運転するタクシーが高速道路に入る。周りの景色が山深くて不安になった。2人組は、「現場に行くのにこんなところ通るの初めて!」とはしゃいだ声を上げる。
途中、やや渋滞しているところがあってヒヤヒヤした。さとうさんがK谷さんに「渋滞に巻き込まれませんよね?」と言うと、K谷さんは「それはみなさんの日頃の行い次第ですよ~」と答え、私はますますヒヤヒヤした。
タクシーのメーターがぐんぐん上がり、比例するように私の心拍数も上がる。2万円を超えたあたりから、手が冷たくなった。
後半はもう、時計とのにらめっこだった。私とさとうさん、女の子2人組が声をそろえて「K谷さん、がんばってー!」と声援を上げる場面もあった。世代を越えた一体感を覚えて、ハラハラしつつも少し楽しかった。
K谷さんががんばってくれたおかげで、タクシーは開演20分前に会場に到着。女の子たちには「一人5000円で」と言い、私とさとうさんは6000円ずつ支払った。
さとうさんと外のトイレに並んでいると、K谷さんが男子トイレに入っていく際に私たちに手を振った。私たちも手を振り返す。さとうさんは「K谷さんからファンサもらっちゃったね」と笑っていた。
入場すると、私たちの席はセンターステージの近くのアリーナ席だった。
メンバーがセンターステージに来ると、肉眼でも表情がよく見えた。汗や、瞳に反射する照明の光まで見えるようだ。月並みな言い方だけれど、Aぇ! groupは本当にキラキラしていた。「あぁ、私は彼らのことが本当に好きだなぁ」と噛みしめるように思った。すごく楽しかったのに、なぜか少しだけ泣きたくなった。
ライブが終わって帰るとき、人の流れに付いていったら愛野駅と反対方向の駐車場に出てしまった(車で来ている人がけっこういたらしい)。行きはタクシーだったから、愛野駅までの道がわからなかったのだ。
慌てて愛野駅に向かっているとき、行きのタクシーで同乗した2人組とばったり会って少し話した。さとうさんが「1万人近い人がいるのにまたあの子たちに会えるなんて奇跡みたい」と言った。
愛野駅に着いたときにはもう、予約していた静岡駅発の新幹線には間に合わない時間だった。駅員さんに事情を話すと、「掛川駅で乗車変更して、掛川駅から新幹線に乗るといいですよ」と教えてくれて、しかも掛川駅まで付いてきてくれた。私たちがよっぽど頼りなさそうだったからだろうか。私もさとうさんもやっぱり、しっかりしていない。
ようやく掛川駅から新幹線に乗った。「帰りの新幹線では駅弁とビールですね」なんて話していたのに、駅弁を買う余裕なんてなく、夕食をとれないまま東京へ向かう。
「長い一日でしたね」
「サキさんのエッセイ、すごく長くなるんじゃないですか? 前・後編とか」
「なんとか一本にまとめます」
ふたりで「電車が止まったときは間に合わないかと思いましたよね」「K谷さんががんばってくれたおかげで間に合いましたね」などと今日の珍道中を振り返っていると、さとうさんが言った。
「私、今日のことは一生忘れないと思います」
あぁ、この歳になってもなお、一生ものの思い出ってできるんだ。
そう思うと胸がいっぱいになる。
新横浜駅でさとうさんと別れ、町田へ行き、タクシーで帰宅した。家に着いたらもう日付が変わっていて、朝にはこの家にいたことが信じられない。
お風呂に入る気力もなく、そのまま布団にもぐり込んだ。それでも、興奮していて寝つけない。すごく幸せなのにすごく寂しいような、不思議な気持ちだった。
Aぇ! groupを好きになっていなかったら出会えなかった人と出会って、思いもしなかった体験をしている。一生ものの、宝物のような思い出が増えていく。
そう思うとなんだかまた胸がぎゅうっとなって、布団の中で唇を噛んでいるうちにいつの間にか眠っていた。
文=吉玉サキ(@saki_yoshidama)