変身するヒーローのような観音菩薩

世田谷区・観音寺の聖観音菩薩像。
世田谷区・観音寺の聖観音菩薩像。

観音菩薩は「音を観る」と書く通り、多くの人の声を聞いて救おうとしてくれる仏さまです。その救い方が特徴的で、さまざまな姿に「変身」するのです!

その変身パターンも様々で、仏教で考えられる六つの世界には「六観音」として、それぞれ別の観音菩薩が配置されていたり、いくつかのお経には33もの姿に変化(へんげ)すると記されています。

多様性が謳(うた)われる現代にあっても、姿を様々に変えてくれるのであればどんな人でも、自分にマッチする観音菩薩が見つけられるのではないでしょうか。

基本となるのは聖観音(しょうかんのん)

文京区・傳通院の聖観音菩薩像。
文京区・傳通院の聖観音菩薩像。

どんなものにも基本形が存在しますが、観音菩薩でいえば「聖観音(正観音)」がプレーンタイプです。

この後登場する変化した観音菩薩は、たくさんの手や顔があったりしますが、聖観音は手が二本に顔が一つ。

水瓶(すいびょう)や、蓮の花の蕾(つぼみ)を持っている像例もしばしば見られます。

如来像は、悟りを開いた姿なので着飾ることなく簡素な身なりをしていますが、これから悟りを開く「菩薩」という格である観音菩薩は、首飾りや宝冠などの装飾をつけてたきらびやかな姿。

みなさんにおなじみのお寺としては、東京最古のお寺でもある浅草寺の本尊は聖観音です。

世界中の救いの声を聞く十一面観音

長野県諏訪市・仏法紹隆寺の十一面観音菩薩像。
長野県諏訪市・仏法紹隆寺の十一面観音菩薩像。

変化観音のなかでも人気のトップを争うのが「十一面観音」。

その名の通り、頭上に11の顔がついている観音菩薩です。これは、世界のどの方角からの救いを求める声も、聞き取ろうという願いが表されています。

正面の3つが柔和な顔、右の3つが牙を生やした顔、左の3つが怒りの顔をしています。そして後頭部には「暴悪大笑面」と言われる、口を開けて笑っている顔が配されています。

なんだか厨二心をくすぐるような名前ですが、その顔は笑っているのにどこか不気味で、藤子不二雄A(※「A」は○の中にA)が描く『笑ゥせぇるすまん』の笑顔のよう。

さらに、頭頂部に如来の顔がついており、合わせて11面となっています。

もし十一面観音を拝観するチャンスがあれば、可能な限り横や後ろにも回り込んでいただくことをオススメします!

たくさんの人を救いたい! 千手観音

茨城県常陸太田市・菊蓮寺の千手観音菩薩像。
茨城県常陸太田市・菊蓮寺の千手観音菩薩像。

十一面観音に並んでポピュラーなのが「千手観音」。

観音菩薩の背中から、無数の手が生えています。美術的観点から言うならば、これだけの異形にもかかわらず、全体のバランスとして美しく保たれているのがすごいですよね。

千手観音は「十一面千手千眼観音」ともいい、頭上には十一面、さらに全ての手の平に目がついているとされます。

あまねく世界を見渡し、助けを求める人がたくさんいても数多くの手で救いを差し伸べるという思いのあらわれです。

町田市にある東光寺の千手観音菩薩像。
町田市にある東光寺の千手観音菩薩像。

像例では「千」といいながらも実際の手は42本であることが一般的。42本のうち胸の前で合掌をしている手を除けば40本、これは一つの手で25の衆生(人間や生き物)を救うと考えられているため、40×25=1000という計算で成り立っています。

しかし、大阪の葛井寺や、奈良の唐招提寺には本当に千本の手がある千手観音も!

これを全て、手彫りしたと思うと、圧巻の一言。遠出してでも拝観しに行かれることをオススメします!

交通の困りごとや心配を救いたい!馬頭観音!

大分県由布市・正雲寺の馬頭観音菩薩像。
大分県由布市・正雲寺の馬頭観音菩薩像。

変化のバリエーションは手や顔が増えるだけではありません。

頭上に馬の顔がついた「馬頭観音」という変化観音も!

多くの観音像は穏やかな顔をしていますが、馬頭観音は珍しく怒った顔(憤怒相=ふんぬそう)をしています。

この表情は、敵や悪人を説き伏せるという強い意志の表れ。

馬頭観音だけが結ぶ「馬口印」。
馬頭観音だけが結ぶ「馬口印」。

また、三面八臂(さんめんはっぴ=3つの顔に8本の手)で作られ、胸の前で合わせたては合掌ではなく人差し指と薬指を折った「馬口印(まこういん)」という、独特でカッコいい印を結んでいます。

かつては、徒歩以外の陸での移動手段の中心を担っていたのは馬でした。そのため、現在でも交通安全に御利益があるとされるほか、旅行の安全や無病息災の御利益があるとされいます。

穏やかなお昼寝タイムをくれそうな如意輪観音

福島県喜多方市・新宮熊野神社の如意輪観音菩薩像(手前)。
福島県喜多方市・新宮熊野神社の如意輪観音菩薩像(手前)。

厳しい表情と姿の馬頭観音と対照的に柔和な雰囲気があふれているのが「如意輪観音」です。

如意という言葉は「意の如し(思うまま)」という意味を持ち、思ったままに仏の智慧や徳を得られる観音菩薩です。

六臂(6本の手)のうちのひとつで、頬杖をつくようなポーズ。

これが、観るもの拝むものの心まで穏やかにして、なんだか暖かい日のうたた寝みたいな、まどろんだ心地よさをもたらしてくれます。

そのほかの手に持っているのが、桃のような形の宝珠と、円形の法輪。宝珠は意のままに財宝や福をもたらすとされる、まさに如意輪観音の象徴で、法輪は悟りへ向かうのを邪魔する煩悩を砕くものとされています。

都内のお寺でいえば、池袋の護国寺の本尊は如意輪観音です。普段は見られませんが観音菩薩の縁日である毎月18日などに御開帳され、拝観することができます。

池袋という都会のど真ん中で、如意輪観音の醸し出すまどろみの雰囲気を味わってみてはいかがでしょうか。

その他にもこんなに変身しまくる観音菩薩!

宮城県仙台市・大蜜寺の仙台大観音こと白衣観音。
宮城県仙台市・大蜜寺の仙台大観音こと白衣観音。

すべてを紹介しきることはできませんが、そのほかの特徴的な変化観音としてなじみ深いのが「白衣観音(びゃくえかんのん)」。

名前にある通り、白い衣を着ている観音様ですが、日本では巨大仏として造られることも多く、高さ100mにもなる「仙台大観音」(宮城県)や、東海道線の車窓からも見える「大船観音」(神奈川県)なども白衣観音です。

神奈川県小田原市・東善印の魚籃観音菩薩像。
神奈川県小田原市・東善印の魚籃観音菩薩像。

また、東海道新幹線の車窓からも見える「魚籃観音」(神奈川)も、魚籠(びく)と言われる魚を入れた籠を持った個性的な姿の変化観音です。

そのほか奈良の東大寺にも変化観音のひとつである「不空羂索観音(ふくうけんさくかんのん)」が安置されており、国宝の認定を受ける日本仏教美術の名品の一つとなっています。

TPOにあわせて姿を変える観音菩薩。あなたのお気に入りは見つかりましたか?

日本中に観音菩薩を巡る「三十三観音霊場」があるので、ご興味ある方はチャレンジしてみるのも一興ですね!

写真・文=Mr.tsubaking