1本ずつ仕入れるバリエーション豊かな日本酒
地下鉄根津駅から善光寺坂を上りはじめたところに、築100年を超える古い建物がある。ここで営む店が『日本酒バー 慶』だ。2011年の開店当初は不忍通り沿いにあったが、2015年に言問通り沿いの現在の場所に移転した。
「もともと和菓子店だった建物みたいです。ゆべし屋さんだったとか」と教えてくれたのは、数年前から店主を務める古山勇太さん。「過ごしやすい店内だと思うので、雰囲気も一緒に楽しんでもらいたいですね」。
1階はカウンター席で、靴を脱いで上がった2階には座敷席が4卓ほど。シンプルにリノベーションされているが、ちゃぶ台や戸棚などはどこか温もりも感じられて、洗練された内装ながら気兼ねせずくつろぐことができそうだ。
日本酒は30種近い銘柄が揃い、7軒の酒屋から仕入れるほか酒蔵に直接発注するものもあるという。燗向けのものが多めだが、冷酒や常温でおいしいものも余すことなく取り揃えていて選択肢は広い。また、いつも同じ銘柄を置いているのではなく各種1本ずつ仕入れているため、毎週入れ替わるのも特徴だ。
「バリエーションを増やし、華やかなものから穏やかなもの、そしてちょっと変わり種も置いてます。お客さんに遊んでもらえるような仕掛けをメニューのなかでやっている感じですね」と古山さん。お客さんとのやりとりで好みが見えてくることもあり、「あの人はこれが好きそうだな」と思っておすすめすることもあるとか。日本酒に詳しくなくても、古山さんやスタッフに相談すれば合う料理も含めて教えてもらえるから安心できる。
思わずお猪口やグラスに手がのびる肴
この店の魅力は日本酒だけではない。お酒にぴったりの肴がこれまた絶品なのだ。
まずいただいたのは、人気が高いという蛸と胡瓜の柚子胡椒サラダ。いわゆる「タコきゅう」なのだが、一般的なそれとはちょっと違う一品だ。柚子胡椒のさっぱり感の奥に出汁とごま油がどっしり構えているという印象のドレッシングで、ひと口食べれば無意識に日本酒に手がのびる。カツオやマグロの塩辛を酒盗というけれど、これももはや“サラダの仮面を被った酒盗”と呼びたくなる。
料理はほかにも、煮豆腐や自家製のさつま揚げなど、字面だけでも飲めそうなラインアップ。旬の食材を使って1~2週間で入れ替わるものもあるというから、こちらもお酒と合わせて「今日は何があるかな」という楽しみがあるわけだ。
締めには絶品の和牛カレーうどんを
谷根千エリアは昼間の喧騒に比べて夜は静かで、遅くまで営業している店があまり多くない。そんな夜の早い街にあって、日付が変わるまで営業している『日本酒バー 慶』はありがたい存在だ。21時以降にお客さんがどっと入ることもあるようで、2軒目に利用する人も多いのだろう。
「バーなので、あれこれ注文しなくても2~3品で満足できるように料理は考えています」と古山さん。とはいえ、可能ならばぜひともおなかをすかせて訪れてほしい理由がある。それが、締めのうどんだ。
つやつやと美しい麺は『根津 釜竹』のもので、もちもちとしてほどよいコシもあり、さすがは名店の味。さらに、とろみのあるつけ汁はしっかりと出汁が効いていて、「カレーうどんってこんなに“旨い”ものだっけ?」といううれしい驚きがある。やわらかな牛肉も素揚げした野菜も、つけ汁にたっぷり沈めてから頬張れば、すっかり幸せな気分だ。
ちなみに『根津 釜竹』の麺を使ったカレーうどんは、ここでしか味わえないもの。『根津 釜竹』はざると釜揚げのみだが、『日本酒バー 慶』はかけうどん、かきたまうどん、ぶっかけうどん、そしてこのカレーうどんという4種類がある。名店のうどんを気軽に味わえて、なおかつオリジナルの味を楽しめるとあらば注文しない手はない。
さらに、古山さん曰く「コロナ禍にはランチ営業で限定メニューのうどんも出していたので、そういうのをまたやりたいなと思っています」。こりゃ、楽しみで仕方がない。
この店に訪れるのは近所に住む人が圧倒的に多いそうだが、一方で他県からわざわざ来てくれる常連もいるとか。
「日本酒が好きな方って、そもそもお酒の好みも幅広い印象なので、『日本酒を飲むならこの店』と思って来てくださっている方がいたらうれしいですね」と古山さん。そういう人、絶対に多いと思いますよ。筆者も今日そのうちの一人に加わりました。
知らなかった味に出合える楽しみがあって、通えば通うほど好みの幅も広がる。出汁の旨みを堪能できる肴が揃い、締めに絶品が待っている。そんな店をご所望なら、『日本酒バー 慶』を選べば間違いない。
『日本酒バー 慶』店舗詳細
取材・文・撮影=中村こより