超長時間発酵のベーグル
『GOPAN58』は、板橋区役所のすぐ近く、路地の角にある。店内に入ると、とにかくたくさんの種類のベーグルが出迎えてくれる。
まずおすすめなのが超プレーンベーグル。卵・バター・砂糖を使わず、超長時間、発酵させたという生地は、楽しくなるぐらいにむっちり。色よくパリッと焼けたクラストも香ばしく、噛みしめると甘みが口中に広がっていく。バターやチーズを合わせるのもいいが、まずはなにもつけずに食べてみてほしい。
店内にはおそらくお子さんが描いた絵やかわいい人形などが置かれていて、ゆるく親しみやすい雰囲気がある。しかし、このベーグルといい、やたらにパンの種類が多いなど、ただものではない雰囲気がそこかしこに感じられ、なんともおもしろい。なにがあって今の『GOPAN58』に至ったのか聞いてみた。
話をうかがったのは加藤晃代さん。夫の義美さんと『GOPAN58』を営んでいる。
もともと晃代さんは、義美さんが店長を務めていたフランチャイズのベーカリーで働いていた。しかし、店はオーナーの意向で閉店。2人とも仕事を失ってしまう。そんなとき、近くで新しいベーカリーができることになり、晃代さんが従業員に応募したところ、夫の義美さんも一緒に働けることになった。2人は再びパン作りに勤しむことになる。
しかし仕事に加えて子育てと、忙しい毎日に疲れてしまった晃代さんは、いったん退職。パンからは一回、離れようと近所の飲食店でアルバイトを始めたところ、その店がランチを始めることになり、サンドイッチ作りを任されてしまう。
止まらないパンへの情熱
もともとパン好きの晃代さん。そうなると、止まらない。当初は仕入れたパンでサンドイッチなどを作っていたが、そのうち自家焼成のベーグルランチを始める。さらにはベーグルを作るなら酵母もと、自分で酵母を作りはじめてしまった。
パンから離れるつもりが、完全にスイッチが入ってしまった晃代さん。今度こそ本格的にパンに打ち込むため、2015年、義美さんとともに『GOPAN58』をオープンさせたのだ。
さて、店を始めたはいいが勢いにまかせたところもかなりあったようで、オープン当初の客入りは寂しく、まさにゼロからのスタート。ベーグルをメイン商品にしたのも、厨房のスペース的に発酵室が作れないからという理由だったらしい。本人曰く、「あまり計算高く動くタイプではなかった」そうだ。
むっちり噛みごたえのあるベーグルを目指す
店内には全粒粉からごまチーズ、あんこにカレーによもぎにクルミと、いろいろなベーグルが並んでいるが、だいたいはお客さんのリクエストや、晃代さんのアイデアで生まれたもの。夫の義美さんは、新メニューを頼むとなんでも作ってくれちゃう「ウエルカムなタイプ」。結果、ここまで増えていった。
パンに対する熱量はかなり高い加藤夫妻。最近も理想のベーグルに近づけるため、ずっと使ってきた自家製のレーズン酵母の状態や発酵のさせ方を見直した。目指したのは晃代さんいわく「むっちり噛みごたえのあるベーグル」。その成果は冒頭に紹介した超プレーンベーグルを食べればわかる。「計算高くない」と言いながらも、パンに関しては緻密に計算しているのだ。
そのおいしさが伝わり、徐々にお客さんが増えていった『GOPAN58』だが、それが急に増えたのが2023年の2月頃。コロナ禍の影響で落ちた売上をカバーしようと始めたネットの通信販売が、「なにかあったの?」と不思議がるぐらいに売れ始めたのだという。同時に公式のInstagramを知って、遠方から足を運んでくれるお客さんも増えたという。開店からここまで8年。ようやく『GOPAN58』のパンのおいしさが、広く伝わったのだ。
完全に軌道に乗った『GOPAN58』。しかし、ここからさらなる発展を目指して多店舗展開するつもりはないという。
なんとなく予想はついたけれど。自分たちの工房は自分たち自身でやっていきたい。これもやはり、パンに対する熱量の高さゆえだ。
とにかく「生地がおいしい」パンを作っていきたいという晃代さん。計算高くないからこそ、その言葉は信用できる。これからも、もっとおいしいベーグルを作ってくれるはずだ。
取材・撮影・文=本橋隆司