1963年創業、働く人々を支える大串やきとりの大衆酒場
京王井の頭線渋谷駅西口の改札を出てすぐ、焼き鳥の香ばしい匂いがして途端にビールが飲みたくなった。匂いの元をクンクン辿っていくと、『鳥竹総本店』のダクトから白い煙が出ているのが見えた。
16時をすぎたばかりなのにすでに店の中はお客さんでいっぱいで、さらに店頭に列をなしている。その中からチラホラ外国語が聞こえてきた。どうやら韓国の著名な料理研究家がInstagramで店を紹介したのをきっかけに、外国人が増えているらしい。
やっと順番が回ってきて店に入ると、「いらっしゃいませ〜ぃ!」と威勢のいい声に迎えられた。店は3フロアで展開され、1階はカウンターがメイン、2階はテーブル席で地下1階は座敷席になっている。社長の間島京子さんに1階のカウンターを案内してもらい、この店について話を聞いた。
「1963年に私の父がこの店を創業しました。そのあと兄が店を継ぎ、兄が亡くなってからは私と姉でこの店を経営しています」
今でこそ渋谷の駅前は高層ビルの壁に備え付けられた大きなビジョンモニターが昼夜問わず街を照らしている。しかし、間島さんによれば「創業当時、目の前はガード下だったし、店の前は砂利道で、この並びも数軒しか店がなかったんです。アベニュー口を出てすぐのところに三角地帯があるでしょう? あそこは昔、池だったそうですよ。たまたまうちがこの場所にお店を構えてから、周辺にも焼き鳥屋が増えたんです」。その光景は今の渋谷とからはとても考えられない。
店を開くにあたって初代が大切にしたのは、誰でも気軽においしいものが食べられる「大衆の店」だったそうだ。
「今も昔も、仕事帰りにここで焼き鳥を1、2本食べながら一杯飲んで気持ちを切り替えて家に帰るというお客さんが多いですよ。最初は1人で来てたんだけど、彼女と店に来るようになったかと思ったら結婚して子供が増え、孫が産まれてというふうに、この店でお客さんの思い出を共有しているんですよね。先日は長年の常連さんが息子さんに手を引かれてお店にいらしてくださいました。私はそれがうれしくてね。長くやっているとそういうエピソードがたくさんあるんです」
一編の映画を見ているかのような間島さんの話を聞きながら、筆者の胸に熱いものが込み上げてきた。
創業時から継ぎ足して使うタレ、伝統を引き継ぐやきとりの味
移りゆく渋谷を見つめてきた『鳥竹総本店』。働く大人たちの憩いの場として長く君臨し、今なおそのスタイルは変わらない。お客さんそれぞれに『鳥竹』への思い出があるだろうが、その魅力はまずこの店の味にあるだろう。
こだわりは創業以来継ぎ足しながら使っているタレ。時代に合わせて作り方を変えていくところもあるが、『鳥竹総本店』は製法をほとんど変えていない。間島さんは、店を始める時に家族みんなで試食をして決めたレシピを今も守っている。
「家族はあまり甘めの味が好みではなかったんですが、父が“大衆の味”にこだわっていたので万人受けするよう少し甘めにしました。今もそのレシピ通りにタレを注ぎ足しているけど、1日1000本以上の焼き鳥がこのツボに入っているから鶏の旨味が混ざり合って、うちにしか出せない味になっているんだと思います」
さらなる魅力は鶏肉。どこぞのブランド鶏かと思いきや、いわゆるブロイラーを使っているという。
「長年お付き合いのあるお肉屋さんが、臭みがなくすごくいい肉を持ってきてくれるんです。うちは1カ月〜3カ月ぐらいまでの雛鳥を使ってるから、やわらかいんですよ。あとは、長年働いてくれている職人さんたちが手をかけて肉を仕込んでいるのでおいしいんです」
焼く前の焼き鳥をみると、看板にもあったとおり大串だ。
「うちはひとつの肉が大きいでしょう? だからジューシーで肉そのものの味が伝わるんですよ。それを炭火で焼くので中がふんわりして周りがカリッと仕上がるんですよね」
うわ〜、話を聞いているだけで食欲が湧いてきた。焼き鳥の匂いが店内に充満しているからなおさらだ。
もも肉とむね肉を組み合わせた5つの層が織りなす名物・やきとり
もう待ちきれなくて、メニューをすぐ決めた。焼き台を横目に見ながらやきとり350円ととりきも350円、つみれ(ピーマン肉つめ)390円、瓶ビール・サッポロ赤星820円をオーダー。お通しは220円だ。
我が卓にやってきたやきとりたちは、一般的なサイズの焼き鳥よりも2~3倍は大きい印象。店頭の看板に偽りなしだ。
早く飲みたすぎて、やきとりの前に空のコップを置いて平然とシャッターを切っていた。今日はどうかしている。すぐさまビールを注いで、まずはコップ一杯飲み干した。プハー! 程よい苦味と香り、コクが深くて飲みごたえがあるから赤星が好きだ。炭酸がチリチリと口の中の粘膜を刺して、グイッと飲み干すと喉が爆発しそうになった。でも、これがいい。
2杯目のビールを注いで焼き鳥を食べてみよう。こんがり焼けた焼き鳥を目の前に舌なめずりをする。
甘辛い醤油ダレをたっぷりまとったやきとりはやわらかくてジューシー。もも肉ともも肉の間にネギを挟んでくるセンスが素晴らしいし、ひと串でふたつの部位を楽しめるのもひとり飲みにはありがたい。とりきもは一般的にクセがあるので慎重にかじってみたが、臭みがなくしっとりとした焼き具合でパクパク進む。ちょっと七味をかけてもおいしいかもしれない。
つみれはいわゆるピーマンの肉詰めで、串に3つ刺してある。間島さんからの「これはね、2本の串に刺してあるから外して食べた方がいいわよ」とのアドバイス通りに食べてみた。シャクっとした食感もありつつ、ピーマンの苦味とふんわりしたつくねのやさしい味わいがいいバランス。
大串たちを堪能する合間にお通しの和え物にも手を伸ばす。口のなかをリセットしてくれ、ナイスアシストだ。
最後のビールをぐい〜っと飲み干してフィニッシュだ。「どの串もおいしかったです」と少し酔った口調で間島さんに話しかけると、「よかった! とにかくね、私は父が作った味を変えない努力をし続けてきたんです。ほかの1品料理もおいしいものしか置いてないと思っています。うなぎもやっているんだけど、『焼き鳥屋のレベルじゃない』と言ってくださるお客さんもいます」と話す。
もう少し飲みたいけれど、外で待っているお客さんもいるからやきとり弁当を買って自宅で2ラウンド目を楽しむとしますか。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢