コアなファンにも初めての人にも満足してもらえる一杯を
店主の程田さんは、幼いころから料理やお菓子作りが得意。大人になって友人と二郎系ラーメンを食べ歩くうちに、その魅力に取り憑かれ、いつしか作る側に回りたいという気持ちが湧いたと話す。2つの二郎系ラーメン店で2年ずつ勤務して、その後オープンしたのが『豚NOVA』だ。
店を開くにあたって目指したのは、二郎系ラーメンを初めて食べる人にも、各地の店舗を食べ歩くコアなファンにも満足してもらえる店にすること。不慣れな人が来店したときにはやさしく説明することに気を配っている。
そもそも二郎系といえば、圧倒されるほどのボリュームが名物のひとつだ。『豚NOVA』では券売機のボタンに「ラーメン(300g)豚2枚」「少なめラーメン(250g)豚1枚」と書かれている。しかし一般的なラーメンの麺が何グラムなのか、ラーメン好きでも把握していることは稀だろう。
「食券を出してもらうとき、慣れていない様子の人には声をかけています。『うちのラーメンは、一般的なラーメン屋さんの大盛りの量ですけど大丈夫ですか?』とか『グラムの調節もできますよ』とか。それでもピンときていないようだったら、150gから200gにすることをすすめています」と程田さん。
二郎系の店に共通する特徴はいくつもある。“コール”と呼ばれるトッピングの注文方法もそのひとつだ。
トッピングを担当する人から「ニンニク入れますか?」と声をかけられたら、野菜、ニンニク、アブラ、味の濃さの4種類について好みを伝えるというもので、最初はわかりにくい。タイミングが注文時ではなく、提供直前のスープと麺がどんぶりに入ったあとだから、またややこしい。先客たちの応答に耳を澄ましていても、最初は呪文かなにかにしか聞こえない。
「やっぱりニンニクを入れるか、入れないかだけを応える人は多いですね。『野菜を増やしますか?』と聞いても返事がすぐにないときは少し詳しく説明します」とのこと。
わかりやすいようにと店内には写真を使った「ヤサイコール見本」の貼り紙がされている。「少なめ」「普通」「ヤサイ(多め)」「ヤサイマシ」。野菜多めのことだと思って「ヤサイマシ」をお願いすると「ヤサイ(多め)」よりもさらに野菜が山高く盛られたラーメンが出てくるので注意が必要だ。
「野菜、ニンニク、アブラ」。説明を見ながら呪文のようなコールにトライ!
「お待たせしました。ラーメンのお客様、ニンニク入れますか?」という声に、「ヤサイ、ニンニク、アブラでお願いします」と緊張しながら応えてみた。4つ目の項目、味の濃さが普通の場合は省いてOKだ。
スープでゆでたもやしとキャベツの上に、背アブラが存在感を示す。分厚いチャーシューが2枚のっていて、ボリュームたっぷりという表現では追いつかないだろう。たっぷりの野菜は、アブラを絡ませて食べるのがおすすめだとアドバイスされた。確かにアブラと野菜を一緒にすると食べやすくなる。
麺は、平たく太く、少し縮れているのが二郎系のスタンダード。わしわし系と呼ばれる。
「パスタのアルデンテのように、外側がもっちりしていて芯が感じる麺が好きなので、伸ばした生地、麺帯を何層にも重ねて芯を強くしています」と、『豚NOVA』のオリジナリティは麺にも表れている。
なるほど麺はコシが強く、しっかり。食べ始めに野菜の下から麺を持ち上げようとすると割り箸の方が折れてしまいそうなほどだ。
スープの味が変わることは魅力。食べた人の声を受けてアップデートも
二郎系といえば、スープの味が一定ではないこともよく知られている。『豚NOVA』では豚のゲンコツと背ガラ、チャーシューに使うバラ肉、野菜も一緒に煮込んでスープをとる。特にチャーシュー用の肉から出る旨味と野菜から出る甘みがポイントだ。
「例えば、僕と助手(スタッフ)が全く同じ材料を使ってスープを作っても、同じ味にはならず、その人しか出せない味になります。時間帯によっても味が変化します。スープの味が人によって違う、変化するのがすごくおもしろいところです」
一般的な飲食店で、同じものを頼んでいるのに食べるたびに明らかに味が違うと困惑するだろう。しかし『豚NOVA』で調理する程田さんにとっても、おそらく頻繁に食べる人にとっても、味のブレは二郎系ラーメンの大きな魅力のひとつらしい。
スープの材料としてもとろとろに煮込まれたバラのチャーシューは、柔らかくて味もよく染みている。2ⅽⅿ近くありそうな厚みで、持ち上げると箸がおぼつかない。特別に重さを計ってもらったら、1つ80グラムほどだった。このチャーシューはオープン当時は別の部位を使っていたが、固いという声があったためバラ肉に変更した。現在の人気に甘んじず、SNSなどから食べた人の声をていねいに拾って味にも反映。進化させることも忘れていない。
途中で飽きてしまうことを危惧して味変用に自家製ラー油タマゴも注文した。そのおかげもあってか、ほぼ完食。どこか達成感を感じる。これも二郎系の魅力なのだろうか。
「学生や会社員の男性も多いですけど、気がつくとカウンターが女性ばっかりになることもありますよ」とのこと。食べたことがない人にとっても、どこか憧れのある二郎系。そのハードルを下げてくれる店として訪ねてみてはどうだろうか。
取材・撮影・文=野崎さおり