1970年、八重洲地下街にオープンした『アロマ珈琲』
都市開発が進み、日々刻々と風景が変わる東京駅周辺。八重洲地下中央口から直結している八重洲地下街(通称ヤエチカ)は1965年、駅に隣接する駐車場と商業施設として開業した。その5年後の1970年、ここにオープンしたのが喫茶店『アロマ珈琲』だ。地上と同様に、ヤエチカも時代とともに少しずつ変化しているが、この店だけは時が止まったようだ。
入り口の扉には「八重洲地下街で一番古い喫茶店 Since1970」と書かれている。少し覗いてみると店内は琥珀色でいい雰囲気だ。おいしいモーニングがいただけそうな予感がして、店に入った。
店に入ると店主の蓮田さんが話を聞かせてくれた。「父が日本橋、銀座、新橋界隈に喫茶店をいくつも経営していたんです。同時にコーヒー豆の卸しもやっていてね。でも、時代とともに少しずつ喫茶店を整理していって、いちばん集客があったヤエチカの店を残したんですよ。ホントはね、この店は1969年にオープンしたんですけど、ドアにSince1970って書いちゃったからまあいいやって」。
店の歴史を短くサバ読むなんて珍しいなぁ。蓮田さんの話をもっと聞きたくなった。
時代の流れを見つめてきたこの店。かつてはある会社の上司が新人を連れてくるのが恒例になっていたこともあった。「今はそういう光景も珍しくなりましたね。この辺りは銀行関連の会社がいっぱいあったんだけど、一時期は開発のためになくなっちゃったでしょう? 最近になって女性のお客様が戻ってきた感じです」と話す。
店内を見回すと幅広い年齢層のお客さんがいて、めいめいメニューを楽しんでいるようだ。
自家焙煎のコーヒーは、アルコールランプのやさしい火で加熱するサイフォン式で抽出
『アロマ珈琲』はコーヒーの味に自信がある。というのも、西荻窪に焙煎工場があり、30kgの直火焙煎釜でじっくり焼きあげた豆を使うからだ。
レギュラーメニューが12種、限定の豆を含めたらだいたい15種ある。短時間で大量の豆を焼いていく熱風式ではなく、直火式で焙煎しているからひと味違うらしい。「たとえばトウモロコシを茹でたのと焼いたのとでは香ばしさが違うでしょう? 直火ならではの香りを楽しんでいただけると思います」と蓮田さん。
「豆の特性ごとに焼き加減を変え、豆本来のおいしさを引き立たせるように仕上げているんですよ。やっぱり私は自分の目で見て長年培ってきた勘をたよりに焼くのがいいと思ってます。それも焼きとうもろこしと一緒ですよ」。ほほう、それは楽しみです。
自慢の豆をサイフォンで淹れるのもこの店のこだわりだ。「今は電熱式もあるけど、うちはアルコールランプにこだわっているの。手間はかかりますが、何しろ情緒があるでしょう?」といって蓮田さんがほほえむ。そうですね、揺れる炎がロマンチックです。
注いでいるそばにいたら芳醇なコーヒーの香りがした。クラクラしたのはおなかがへったからかもしれない。淹れたてのコーヒーでモーニングを食べよう。
モーニングは厚切りトーストとサイフォンで淹れるアロマブレンド
『アロマ珈琲』のオープン当初からあるというモーニングは開店から昼12時まで実施。好きなドリンクにプラス100円で厚切りのトーストにジャム、バター、あんこ、ゆで卵がつく。アロマブレンド500円にモーニングセットを付けてオーダーした。
「厨房が狭いのでウチはあまり凝ったものを作れないから、当初はパンとジャムとバターだけだったんです。でも、もっとお客様に満足してもらいたいとゆで卵をつけました」
蓮田さんの話を聞いているうちにトーストが焼けたみたい。店員さんがモーニングセットを持ってきてくれた。トーストに付けるものが3種類もついていてありがたい。
「姉妹店で小豆とか抹茶のかき氷を出してたんですけど、閉店したからあんこが余ってしまったんですよ。捨てるのももったいないし、うちは常連さんが多いのでサービスのつもりで“どうぞ、食べて”って出したら、“おいしいじゃん!”っていうことで定番になりました。余ってたあんこはとっくになくなってたんだけど、楽しみにしている方が多いので引っ込みがつかなくなっちゃった(笑)」。あはは、人がいいですね蓮田さん。
ではまず、熱いうちにコーヒーをひと口。アロマブレンドは、ブラジルをベースに6種類の豆をブレンドしていて、飲んだ瞬間は口に広がる苦味と香りがあり、後味にコクが感じられる。
コーヒーの余韻に浸りつつ、トーストにも着手。お、ずっしりとした厚切りだ。ジャムとバターでいただきまーす。
カリッと焼けたトーストに甘酸っぱいイチゴジャムとバターの旨味がいい感じ。うん、うん、噛み締めるほどに目が覚めていく。
「いろんなところのパンを吟味して、今は『サンワローラン』のパンを使ってます」。ははぁ、パンにも歴史アリですか。いろんな喫茶店やカフェで見かける『サンワローラン』のパン。外はカリッと中はふんわりでちょっと甘みがある。
1枚食べ切ったところでゆで卵にも着手。テーブルの角でカラにヒビを入れ、指先で慎重に薄皮を探り一気にズルンとむく。卓上の塩をかけてパクリッ。
2枚目のトーストとゆで卵を完食し、おかわりしたアロマブレンドも飲み終えたら十分満足。『アロマ珈琲』は長い間、こうやって東京駅を利用する人たちに活力を与え続けてくれているんだなあ。たっぷりエネルギーチャージをしたから今日も1日がんばりましょう。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢