街へでかけることを控え、その代わりに近所を散歩してストレス発散しているという方も多いのではないでしょうか。
しかし……旅行したい、遠くに行きたい……この衝動は、なかなか叶えられません。

遠くへ行きたいエネルギーが、クイズに向かう

遠くへ行きたい人は、そのエネルギーが溜まると、大体の場合は実際にでかけるのですが、このご時世、そのエネルギーがネットに向かうようです。

最近にぎわっているクイズ投稿サイト「クイズメーカー」は、先週頃まで地理マニアの遊び場と化していました。普通の人が解こうとしても全然わからない問題だらけです。どこかの市内の町名が5つ並んでおり、そこから市や県を当てるもの、風景写真からそこれがどこかを当てるもの、あとは入試より難しそうな地理の問題まで、なかなかマニアックなものばかり。勢いで私も作ってみました( https://quiz-maker.site/quiz/play/j2VavF20200507163212 )。

全然わからないよ、というツッコミを多々いただく中、軽く8割当ててくる人が私の周りには多数いました。私は類似のクイズを解くと、正答率が6、7割程度でしたが(トホホ)、全国まんべんなく、といっても大都市から遠い地域が多く出題されています。出題する側も、解く側も、遠くに行きたいエネルギーをぶつけているような気がしました。

さて、「全然わからないよ」と仰るあなたのために記事を書いてみました。一体地理マニアは何に着目しているのでしょうか。その視点をちょっと借りて見てみましょう。

外出できないのに写真だけ見て「ここだ!」と当てる地理の猛者達は、遠方に行ったときに一体何を見て覚えているのでしょうか。

一度どこかに行っただけでも、何かに気を留め、覚えていると、より濃い記憶となり、一度行っただけでも多分に地元感を感じられます。

味覚でたとえれば、淡い味わいでも敏感な味覚で旨味を感じられるのと近いでしょう。一度会っただけでもしっかり顔を覚えていると、その人の印象が焼き付くだけでなく、その後仲良くなり、ぐっと近いものにもなります。(残念ながら私は人の顔が覚えらませんが)

チェーン店でも地域性を感じられる? そこにしかないチェーン

さて、これはなんでもない郊外の風景ですが、これだけでもどこの県かは分かります。「みちのく銀行」と聞くだけで、なんとなく東北地方だと思う人も多いと思うのですが、その調子です。無機質に見える店舗の看板を見るだけでも、その土地らしさは見えてきます。

ちなみにみちのく銀行は青森の銀行、写真左の「ハッピードラッグ」は青森県全体と秋田県の一部にチェーン展開するドラッグストア、写真中央の看板「マエダストア」は青森県内で数十点チェーン展開するスーパーです。青森県の人が見ればあるある! と思える風景でしょう。なんでもないチェーン店だと思っても、そこにしかないローカルチェーンで、そこにしかないいいお土産があるかもしれません。聞いたことのない店舗でも、何店も同じ店をみつけたら、その地域ではメジャーな存在でしょう。こうなると目的地まで行く途中の風景も見逃せなくなります。

たとえば、北海道のコンビニ「セイコーマート」、浜松のステーキレストラン「さわやか」は、全国的にファンもいるローカルチェーンです。「コメダ珈琲」は、もともと名古屋のローカルチェーンでしたが、いまや全国区です。

手前の目立つものばかり見てませんか?

次は、この2枚の写真を比べてみましょう。

どちらも九州の主要都市の中心市街地です。何が違うでしょうか。アーケードや並木の有無? それもあるのですが、それ以上に注目すべきは遠くの風景です。

はじめの写真は向こうに高い山が見えますが、次の写真は遠くまで青い空が広がっています。はじめの写真は長崎県佐世保市で、周囲は海がある南側以外、全方向山に囲まれています。

次の写真は宮崎市で、周囲に山はありません。山に囲まれた都市か、平野に囲まれた都市かで、どこまで都市が広がるかが違ってきます。車を使う人からすれば、周囲に平野が広がる都市のほうが走りやすく、車で行くのに便利な、駐車場の広い大型店もあります。周囲を山で囲まれると、そういったメリットはありませんが、平地が少ない分、店舗や住宅の建物が密集します。それだけ聞くとデメリットのようにも思えますが、つまりは多くの人が集まり、にぎわうことが多いのです。

また、密集した街と、建物も人気もない山との、メリハリ、コントラストがあり、風景の変化を楽しめる、というのも一つの楽しみ方です。山が見えるか見えないかだけで良いので、遠くの風景を見てみると、街の周辺に興味が湧いてきます。

同じ山でも木の茂る様子に注目

では、この2つの写真を比べて見るとどうでしょうか。

どちらも山があります。違うのは空の有無……ではありません。

では、2枚のうちどちらが北で、どちらが南でしょうか。そう言われるとうっすら気づく人もいるでしょう。最初の写真が南で、次の写真は北です。

南の写真は鹿児島県ですが、葉っぱの密度が高く、木のてっぺんだけでなく、中腹のあたりもモリモリしています。そして夏だけでなく、冬も葉をつけたままの常緑樹林が多いのが特徴です。

北の写真は青森県ですが、木の中腹は葉っぱが少なく、手前には草地も広がっています。寒い気候の土地では、植物の生息には厳しい自然環境なのです。夏は葉をつけるものの冬は葉を落とす、落葉樹林が多いのが特徴です。また、比較的南であっても、高度が高いところも寒くなり、厳しい環境となるため、葉っぱは少なくなります。

その他、高知や宮崎、鹿児島といった南国の県であれば、メインストリートや駅前にヤシの木の並木をよく見かけます。ここで「南」らしさを感じることもできます。

道路が少し曲がっていると、古い街?

最後に、この2つの写真を比べて見てみましょう。

最初の写真は、左に水路がありますが、市街地だとお城の濠であることが多いのです。それ以上に大事なのが、道路の形です。写真右から前に伸びる道が、少し左に曲がり、写真左あたりでまた曲がり、前方向に伸びています。

このように、少しあみだくじのような曲がり方をする道路は、かぎ型街路と呼ばれますが、江戸時代以前から賑わう街、特に城下町でよく見られます(写真は熊本県八代市、八代城址前)。

続いての写真はまっすぐ……でしょうか。いえ、少し曲がっていますよね。これも新しい街では見られません。ここも城下町、盛岡の街路です。このくらいだと気にしないかもしれませんが、これはささやかな、古い街のサインです。

illust_13.svg

今回は、知識がなくても、ちょっと気にして見てみると、その場所や風景を覚えられるポイントを紹介しました。地理マニアはどうしても、地名や店名等の固有名詞を覚えがちで、一回通っただけで建物や風景、地図上の道路や市域の形状を記憶しがちです。こうした人々のもつ偏った記憶力を遠目で見つつ、知識や記憶力のいらない、「気になる見るポイント」が一つでも増えると、記憶に残る散歩や旅の思い出は増えるのではないでしょうか。

文・写真=今和泉隆行

今和泉 隆行
空想地図(実在しない都市の地図)を描く空想地図作家。通称「地理人」。近著は「どんなに方向オンチでも地図が読めるようになる本」(だいわ文庫)。
散歩とは切っても切り離せない「地図」。現在地を知り目的地に向かうための道具であるだけでなく、眺めるだけで数多くのことを読み解ける“よみもの”としても楽しむことができる。実在しない都市の地図を描く空想地図作家として活躍し、連載「グーグルマップを使っても迷子になってしまうあなたへ」でも“先生”としてご登場いただいた今和泉隆行さんに、おうちで地図を眺めて楽しむ方法を教えていただいた。
散歩とは切っても切り離せない「地図」。普段何気なく使っている街の地図でも、ほかの地域と見比べながら注意深く眺めると、それぞれの街の歴史が浮かび上がってくるのです!空想地図作家・今和泉隆行さんの解説で楽しむ脳内さんぽ記事「地図はよみもの」第2弾。今回は、駅を挟んで東西で全く様相が異なる日暮里駅周辺と、「碁盤の目」の街といわれる京都・奈良・札幌の地図を眺めてみます。