台湾でしか食べられないタイ料理の味
筆者が現地語を教わっている食いしん坊の台湾人老師(先生)に「戻る度に食べたくなる、一度はお食べなさい!」とゲキ推しされ、台中から来た友人留学生も「昔から親しんでいる味です~!」と目を輝かす。そんな日本未上陸の人気エスニック料理店だって台湾にはある。
『瓦城(ワーチャン)』、タイ料理のチェーン店である。タイ料理はしっかり台湾に入り込んでいて、現地の嗜好に応じて味つけが台湾化している。この店はそんな台湾化したタイ料理の代表格だ。1990年に誕生、台北から高雄、北から南まで各地にあって総数54店舗(2024年3月現在)。多くの台湾人にとってここがタイ料理の定番の味で、今日はちょっとだけ高めのごちそうを食べに行こうか、なんて時に利用されるそうな。
もし日本で台湾風タイ料理店を開いたら? 日本人には意味不明で商売になりそうない。ゆえに台湾のタイ料理もまた、現地でしか食べられない味なのである。『瓦城』は各地のデパートのレストランエリアにはたいがい入っていているから、旅行者にも利用しやすい。
台湾定番のタイ料理「月亮」
春先に台中を訪れた際、折良く地元に戻っていた友人留学生と共に、行きつけだという『瓦城(ワーチャン)』の一軒にでかけてみた。
場所は「新光三越」(三越の関連デパート)の台中中港店10階。日本とよく似た雰囲気のレストランエリアの一角に広い店がある。赤を基調としたインテリアの店内は清潔感漂う高級ファミレス風。外から見渡せる開放感ある造りは全店共通だという。食事時となれば地元の人たちでいっぱい。行くなら予約するべし。メニューに日本語表記はないが写真付き。そう困らないはず。一瞥(いちべつ)して日本のタイ料理店でもおなじみの品揃えだが、あきらかに見覚えのないのが、ひと品混ざっている。
三角形のトースト風の薄い食べ物で、つけダレの容器を中心にぐるっと並べた様はカッパの皿である。月亮(ユェリャン)というエビのミンチを薄い生地で挟み揚げにしたものだ。実はこれ、魔改造された台湾定番のタイ料理なのだ。
メニューは単品と別にコースが2人~10人用まで用意されている。種類豊富な料理を一通り試すなら4人~5人で行くといい。折良く4人で行ったので「4人主廚推薦(シェフ推薦4人前セット)」を注文。料理7皿+飲み物付きで3万1000NTD=約1万5000円=おひとり3750円ならお手頃でしょう。
料理は原味月亮(月亮プレーン味)を筆頭に、綠咖哩櫛瓜椰汁雞(グリーンカレー)、檸檬清蒸魚(檸檬ソース魚の姿蒸し)、海鮮什蔬沙讓律(海鮮サラダ)……など。辣炒牛肉(牛肉のガーバオ)は豚肉に、辣炒空心菜(空心菜の野菜炒め)は高麗菜(キャベツ)に、厳林香烤翼板牛(牛ザブトン肉のロースト)は豚肉に変更可能で、食べ放題のライスもタイ米か台湾米かが選べ、柔軟に対応してくれる。
飲み物は泰國奶茶(タイ風ミルクティー)はじめ各種。スイーツは芋香黑糯米(黒餅米とタロ芋のココナッツミルク)ほか各種、アルコール類をコースに含まないのが、かならずしも食中酒を求めない台湾らしい食スタイルである(ビールは追加注文可)。
台湾人に愛されている理由
正直食べるまでは、チープに改造されたなんちゃってタイ料理でしょうくらいにニヤニヤ思っていたことを、白状しておきたい。しかしああ、對不起、ごめんなさい、まるきり違った。
原味月亮はサクサクの表面と、エビのミンチのしっとりした組み合わせがマッチ。品のよい味つけで唸った。海鮮サラダは新鮮で日本人にも受け容れやすいあっさり味、檸檬ソース魚の姿蒸しは白身魚と檸檬ソースが絶妙でこれまた美味。他の品もいい味加減。そしてライスがもりもり進んでしまう。
タイ料理の特長といえば酸味と辛味だろう。『瓦城』の料理は後引く粘着質な酸味がなくて、爽やか。辛さに関しては一口めはまろやかで徐々に辛さが立ち上がってくる。しかし激辛ではない。グリーンカレーなどもまろやかな味わいのまま喉の奥へ消えていく。タイ料理に辛さを求めるのであれば物足りないかも。味つけのアクセントが違うというか、似ているけど別物のうまさくらいに心得たほうがいい。現にこの味で食べ慣れた台湾人が、新宿あたりでガチ度の高いタイ料理を初めて食べてびっくりしたとか。逆に日本人は台湾風タイ料理を食べてびっくりなのである。
いずれにせよ料理としての完成度が高い。話によるとどの店も同じレベルを保っているという。チェーン店と思えぬうまさは、老舗の洗練を感じさせる。食いしん坊揃いの台湾人に愛用される理由がよく理解できた。自分もすっかりはまって、すでに再び『瓦城』へ戻りたくなっている。
ひとつ気になる点があるとすれば店名だ。調べてみると「瓦城」はミャンマーの都市マンダレー(曼德勒)の別称。タイ料理店でなぜにミャンマーの地名? 『瓦城』好きの友人たちも肩をすくめるばかり。詳しい方いらしたら教えてください。どこかの『瓦城』でおごるよ。
取材・文・撮影=奥谷道草