昔ながらの製麺屋
『仲屋製麺所』があるのは、JR日暮里駅の北口から歩いて5分ほどのところ。ビルが立ち並ぶ駅前とは違って、どこかのどかな雰囲気が漂っている。
年季の入ったシブすぎる外観。かつてはこんな感じの製麺屋がたくさんあった。今ではその多くが廃業してしまい、あるいは大手の製麺会社に吸収された。玉のうどんは、スーパーできれいに袋詰めされたものを買う時代なのだ。
『仲屋製麺所』に来ると、うどんを頼むことが多い。うどん、細うどん、ひもかわ。久しぶりに細うどんを食べたかったのだが、残念ながら売り切れだったので、ひもかわにごぼう天を乗せてもらった。
生麺の茹で置きだが、すぐ横の工場で茹でているため、麺はフレッシュでムチッとした食感。ピロピロとした麺は、かえしのきいた濃いめのツユとよく絡み、ズビズビすするのが楽しい。ごぼう天をかじると、衣からツユの味がしみだした後に、粗めに刻まれたごぼうからふわっと土の香りが広がる。しみじみとうまい。
ちなみにほとんどの人は「細うどん」になじみがないかもしれないが、東京の製麺屋ではよく見かけた定番。うどんというよりはひやむぎに近く、ぷりぷりした食感が独特のうまさなのだ。
始まりは1953年
店内に「本日、生うどんあります 2人前250g 280円」と書かれた紙が貼ってある。ここ『仲屋製麺所』はその名の通り、製麺会社が本業なのだ。その歴史は古く、製麺所の創業は1953年までさかのぼる。
当時、東京のあちこちで小さな製麺会社ができていた。その背景には、戦後の混乱から脱して、小麦粉やそば粉の輸入が本格化したこと、そして経済の復興とともに、そば店や中華料理店などの飲食店が増え始めたことがある。
『仲屋製麺所』も親族が製麺業を営んでいて、誘われる形で開業した。当時の製麺業はイケイケだったのだ。ちなみに、入谷にある『山田製麺所本店』は『仲屋』の親戚筋だ。
その後、隣の物件が空いたため、購入して立ち食いそば店を始める。その頃は近所に町工場や商店がたくさんあって、そこで働く人たちがよく食べに来たそうだ。現在、それらの多くは姿を消し、周囲はのんびりした住宅地となった。
製麺の創業から数えると70年以上になる『仲屋製麺所』。現在は店主の豊島さんが1人で製麺、麺の配達、店をやっており、営業時間も以前より短くなってしまった。
それでも『仲屋製麺所』の麺はうまい。
変わらないのがすごい
隠れた人気メニューにカレーがあるのだが、これもけっこう手が込んでいる。
2種類のカレールーをベースに、ターメリックやナツメグなどのスパイスにワインを使用。よく煮込まれた豚肉はトロトロになっていて、ほどよい刺激とじんわりくる旨みが、たまらなくうまい。1人で店をやっているため、このカレーもあったりなかったりなのが、もったいない。
また、夏限定の薬味そばもうまい。みょうがやかいわれ大根などの薬味が乗っていて、冷たいぶっかけ汁との相性もいい。スッキリした香りは夏の暑さも吹き飛ぶうまさだ。忙しい中で、ちゃんとうまいものを作り続けているのは、本当に頭が下がる。
『仲屋製麺所』を取材するのは、5~6年ぶりだった。豊島さんに変わりはあるかと聞いたところ「特別、変わりはないよ」という答えが返ってきた。
「よかった」と思う。変わりなくこういう製麺屋が生き残っていることは、けっこうすごいことなのだ。また今度、今回、食べられなかった細うどんを食べよう。
暑くなったら、やっぱり薬味そばだ。日暮里駅からテクテク歩いて、食べに行きたいと思う。
取材・撮影・文=本橋隆司