《プロローグ》三平ちゃん、実は腹黒?
第50作『お帰り寅さん』では、おいちゃんおばちゃん亡き後の「くるまや」には、博・さくら夫婦が移り住む。
そして店舗部分は改装され「カフェくるまや」に……。店長はすっかりおじさんになった三平ちゃんだ。
そのシーンを観て「男はつらいよ」ファンの8割は、かつて寅さんが三平ちゃんに言ったこのセリフがアタマをよぎったハズ……。
「(オレの身内が死に絶えたら)おまえ、乗っ取ろうとしてるんじゃねえのか?」(第43作)
さては三平ちゃん、寅さんの予言どおり「くるまや」を乗っ取ったか……。
事実だとすれば、葛飾区を揺るがす一大企業買収スキャンダルだ。三平ちゃん、とんだ腹黒キャラじゃん。はたして、ホントにそうなのか?
その疑惑は映画では晴らしてくれない。ならば、三平ちゃんの名誉のためにも、ここもやはり妄想して確かめねば……。
《本編》閉店と退職金
「なあお前、そろそろいいんじゃねえか……」
「そうだねえ。このところあたしゃ5分も立っちゃいられないんだよ」
2000年代も数年過ぎたある日、「くるまや」の店主・竜造とその連れ合い・つねは、6代続いた団子屋を閉める決心を確かめ合った。
「じゃあ、追々ここにお世話になるとするか」
竜造が軽く指で弾いたのはケア付き高齢者ホームの入居案内。夫婦は数年前から同様の施設を調べ始め、そのなかで特に三浦半島の高台にあるこの施設が気に入った様子。以来、ここで余生を送ることが2人のささやかな夢となった。
「でも、あんた、家はさくらちゃんと博さんが移って来るからいいけど……」
「そうなんだよ。それが頭痛いんだよ。あぁ、ホントに痛くなってきやがった。オイつね、枕持って来てくれ、マクラ」
「くるまや」を閉めるーーそのことはふた月ほど前に、さくらと博、従業員の三平には伝えてある。誰も引き留めはしなかった。皆、家族同様に過ごしてきた面々だ。事情は老夫婦以上に理解している。
いま、おいちゃんおばちゃん夫婦が頭を痛めているのは、三平の退職金だ。もう一人の従業員・加代が2年前に辞めたのは、今となっては幸いだった。しかし10年以上、献身的に店を切り盛りしてくれている三平には、できるだけ報いてあげたい、のだが……。
「ただいま」
買い物帰りのさくらの声が店から聞こえた。
「ちょうどいい。さくらにも同席してもらうか」
竜造とつねは目顔で頷き合った。
「おーい、三平ちゃーん。話があるから、ちょっと手を止めてこっち来てくれ。それとさくらもな」
さくらと三平がお茶の間に上がると、竜造がすまなそうに話を切り出した。
「三平ちゃん、話というのは退職金のことなんだ。長く働いてもらって申し訳ないけど、ほんの雀の涙程度しか出せなくてなあ……。まったくこんなんじゃ寅のこと笑えねえな」
バツが悪いのか、つい頭をかく竜造。
「だんなさん、何言うてはります。ボク、そんなん欲しいんとちゃいます」
「そ、それはいけないよ、三平ちゃん」
三平の思いもよらぬ言葉に竜造は慌てた。
「そうよ。心配しないで。叔父叔母はお金持ちなんだから」
見え透いたウソにさくらの優しさが表れる。
「あ、いや、そんなんやないんです」
「だったらなんだい?」
つねが落ち着いて訊く。すると三平は、
「退職金とか要らしません。その代わり、この店、ボクに継がせてもらえませんか」
竜造、つね、さくらは思わず顔を見合わせた。
「でもよ三平ちゃん。若いもんがこんな古い店継いでどうすんだい。割に合わねえだろ」
竜造が代表して心配を口にする。
「いや継ぐ言うても、ただ継ぐんやありません。できれば改装してカフェにしたい思てます」
聞いた3人は再び顔を見合わせた。
「カフェというと着飾った若い女給がコーヒー運んでくれるアレか?」
「やあねえ、おいちゃん。いつの時代の話してんの。今風の喫茶店のことよ」
「立派だよ三平ちゃん」
少し大袈裟に感心するつね。
「でも寅さんが戻って来はって、継ぎはる言うんなら、諦めますけど……」
「ダメだダメだ。寅なんかに務まるわきゃあねえ。3日と持たねえぞ」
竜造の言葉に茶の間が笑いに包まれた。そんな時だった。
「ねえねえ三平ちゃん、あたしウェイトレスやってあげようか。こう見えても客あしらい上手いのよ。若い頃やってたから」
いつから居たのか。土間で話を聞いていたあけみが無遠慮に口を挟む。
「あけみさん、それ、遠慮しときます」
「三平ちゃん、即答するのねっ。あっそうですかっ。失礼しましたっ」
「やめとけ、やめとけ。おまえが店に出たら、ガラの悪いのしか来なくなるぞ」
「あー、わたし傷ついたー。もーっ、一生、営業妨害してやるっ」
あけみの不毛な怒りが頂点に達した時だった。
「おーい、あげみー。出戻ってきてんだったら晩飯の支度くらい手伝えよー」
隣の印刷所から、相変わらずの父親のあきれ気味の怒号が響く。
「もう、タコまでうるさいんだからっ。わかりましたよっ。手伝えばいいんでしょ、手伝えばっ」
あけみが裏の実家に戻り、また和やかな笑いが起こる茶の間。
冬の日に思いがけず届いた花の便りーーそんな1日だった。(つづく)
取材・文=瀬戸信保 イラスト=オギリマサホ
※この物語は映画「男はつらいよ」シリーズおよび同作の登場人物とは関係ありませんが、関係あると思って読まれるとより楽しめたりもします。