《プロローグ》三平ちゃんの恋愛と加代ちゃん

「恋人ですか? そんなんいるわけないやないですかぁ」(第42作)

当初はシャイなチェリーボーイ全開だった三平ちゃん。それでも回を重ねるにつれ……、

おばちゃん「三平ちゃん、今晩、ウチでごはん食べないかい?」
三平ちゃん「すみません。今晩、友達と約束が……」
さくら「ガールフレンド?」
三平ちゃん「ははは」(第45作)

とまあカノジョの有無について笑ってごまかすが否定はしていないって感じ。三平ちゃん、ああ見えてやることはやっているのだ。

そんな三平ちゃんの前に第46作『寅次郎の縁談』であの娘が登場する。あの娘とは……、そう。ポッチャリ体型がフェチごころをそそる「くるまや」のニューフェイス・加代ちゃんだ。

登場早々、三平ちゃんとは親しげに帰宅するなどさっそくいい感じ。

さくら「もしかして気があるんじゃない? お互いに」(第47作)
おいちゃん「いっそのことあの2人に店譲るか」(第47作)

と、大人たちの噂話にも熱がこもる。

さらに第48作では「くるまや」を訪ねた泉ちゃん(演:後藤久美子)が気になる三平ちゃんを見て、
「へえ~。おたく、ああいうのタイプ」
ちょっとスネた素振りを見せることも。

そんなこんなで、多くの「男はつらいよ」ファンは、将来、2人は結ばれると期待を抱いたことだろう。

で、実際のところどうなんよ?
そのへん、妄想でどぞっ!

妄想によれば、三平は加代を夕暮れの江戸川土手に誘い、そして……。
妄想によれば、三平は加代を夕暮れの江戸川土手に誘い、そして……。

《本編》黄昏に消えた恋

「ねえねえねえ、昨日あたし見ちゃったのよぉ」
興奮した様子で、裏の印刷工場の娘・あけみが「くるまや」の土間に入って来た。
「なんだい入って来るなり……。で、何を見たんだい?」
と、つねが尋ねる。
「工場のゆかりちゃんが若い男と歩いてたのよぉ」
「中村くんじゃないのか?」
興味なさそうに竜造がいなす。
「違うわよぉ。もっといい男」
「いいじゃねえか。そういうことできるのも若いうちたけだ」
「ところでお宅の娘と息子はどうなってんのぉ?」
「やだよ。ウチには子供なんかいやしないよ、子供なんか」
子宝に恵まれなかったつねには、子供の話は禁句だ。前掛けで涙を拭う。

「やだなあ、おばちゃん、違うのよぉ。三平ちゃんと加代ちゃんのことよぉ」
「ああ、なんだ」
3人は暖簾(のれん)の下から店の2人を覗き込む。
声は聞こえないが、仲良くしゃべっているようにも、言い争っているようにも映った。
「なんか一向に進展がないんじゃないか? あの2人……」
「よしっ、ここはお姉さんがひと肌脱いであげよう!」
「よしなよ」
つねの制止も聞かず、おもむろに立ち上がったあけみ、意気揚々と店へ抜ける暖簾をくぐった。
「おぉ、恋に悩む青少年諸君! 燃えるような恋をしとるかね? ん?」
「あははは」
あけみの芝居がかった言葉に素直に笑う加代。一方の三平は慌てて弁明する。
「いやですよぉあけみさん、そんなんちゃいますって」
「お、青少年、赤くなっとる、赤くなっとる。まあ元気にやってくれたまえ! 立て万国の恋愛者~」

歌いながら参道へ出て行くあけみ。その後ろ姿を眺めながら竜造は。
「あの性格は誰の影響を受けたんだ、まったく」
呆れるようにため息をついた。

ため息で治まらないのは三平だ。
(もう、ほんまにそんなんとちゃうのに……)
その場から逃げ出したくなる気持ちを辛うじて抑えていた。同時に、
(でも、今日こそは……)
1つの決意を胸に刻んだのだった。

その日の夕方、仕事を終えた三平と加代は揃って店を出た。
「なあ加代ちゃん、今日、土手歩いて行かへん? 新柴又まで……」
いつもは店を出て柴又駅方面に帰る2人だったが、何か思うことがあってか、三平は異なる帰り道に加代を誘った。

いつになく会話のない2人。帝釈天を過ぎ、「川甚」脇の江戸川土手へ続く坂道を上り切ろうとしていた時のこと。三平は意を決するように口を開いた。

「な、なあ加代ちゃん」
「ん? なに?」
「いま付き合っとる人とかおるん?」
「いないけど……。どしたの? 突然そんなこと聞いて……」

三平は一瞬間を置いた。しかし抑え切れない胸の内はいよいよ高ぶる。たまらず言葉が走った。
「な、ならボクと付き合っ……」
「はいはい。はっきり言わしてもらうけど、わたし、おたくに一切興味ありませんから」
三平の切実な思いは、無惨にも加代の言葉がすべて遮った。
「あ、あの、まだ最後まで言うてへんけど……」
「最後まで聞いても答えは同じだから」
「そ、そんなあ」

無言のまま江戸川土手を川下に歩く2人。その重苦しさに堪えきれず、加代が口を開いた。
「わたし、母子家庭だから、何ていうかなあ、父親って存在にあこがれが強いのよねえ」
加代の薄幸な生い立ちが三平を拒んだのか。三平はそれに気づかない。
「そ、それが何でボクと付き合えへんってことになるんか?」
「わかんないかなあ」
「わ、わかれへんよ。もっと詳しく聞かせてもらわんと」
やれやれ……。そんな表情を浮かべ、加代は足を止め三平に向き直った。
「じゃあ言うけどさあ、だって、おたく、やたら口うるさいし……」
「うっ」
「時間とか金勘定とか細か過ぎるし……」
「ううっ」
「それにさあ、包容力とか皆無じゃん」
「ううう~」
「つまりさあ、わたしの憧れる男性像じゃないってこと。悪いね」

すべて図星の指摘に、崩れそうになるのを辛うじて踏ん張る三平。

「やっぱり急ぐから柴又から帰るわ。じゃあまた明日」
あっけらかんと告げて、いま2人で上ってきた坂を、加代はひとり小走りで引き返して行った。三平の眼に映った太めの後ろ姿が逆光となった西陽に溶け込んでゆく。

「あぁ、失恋ってこんなもんなんですか~。ねえ、寅さん……」

打ちのめされた三平の脳裏には、寅次郎の人懐っこい顔が浮かんでは消えた。

ゴーン

源公が撞いているのだろうか。題経寺の鐘の音が傷心の三平にやけに響く初夏の夕暮れだった。(つづく)

妄想によれば、こんな夕暮れの柴又の町を背に、三平は失恋する。
妄想によれば、こんな夕暮れの柴又の町を背に、三平は失恋する。

取材・文=瀬戸信保
※この物語は映画「男はつらいよ」シリーズに登場する三平ちゃんをモチーフにした、まったくのフィクションす。林家とか三河屋とかは一切関係ありません。

「男はつらいよ」シリーズ後期に「くるまや(旧とらや)」従業員として、マニアックな存在感を放つ三平ちゃん(演:北山雅康)。作品のファンであっても、おそらくその8割は興味がないであろう影薄きキャラクターだ。それだけに謎も多い。そんな三平ちゃんは、その半生をどう生き、どこへ向かおうとしているのか……。この物語はシリーズ最大の未開拓キャラ・三平ちゃんを、壮大な妄想と馬鹿馬鹿しい考察で描く、本邦初のヒューマンドキュメンタリーである……たぶん。
柴又から矢切は、映画、歌謡曲、文学の散歩道。『男はつらいよ』の寅さんをしのび、歌謡曲で有名になった渡し船に乗り、文学碑に刻まれた一説に純愛小説の場面に思いをはせる。