壁にはウイスキーの酒瓶がずらり
店の名は『三生有幸(サンシャンヨウシン)』。
これは「前世、今世、来世の三世に渡る幸せ」という意味の熟語で、眩(まばゆ)いばかりのとんでもない店名である。幸せのお目こぼしにあずかれるだけで十分ですとかかんとか思いながら、開店直後の昼時に入店。席数が少ないので予約しておいたものの、平日だったせいか空いている。
個人経営の街喫茶サイズの清潔な店内に、ゆったりしたテーブル席3席、向かいの壁に1人掛けが幾つか並んでいる。壁には高級ウィスキーの酒瓶がずらり。目に着く大半が、知る人ぞ知るブランド「スコッチ・ユニバース」という、凝りまくった品揃えである。本格派のバーが、ランチ限定でこだわりの牛肉麺を趣味で出しているようにしか見えない。しかし、看板を見上げて改めて確認してみたが、あくまでここは牛肉麺店である。
主とおぼしき女性が、ニーハオと迎え入れてくれ、テーブル席に着く。卓上に小ぶりのデカンタがあり、琥珀色の液体がワン・フィンガーほど入っている。オシャレな調味料かなと思いきや、何とスコッチである。ちょっとしたおつまみも出てきて、アルコールOKなら飲んでねと店主。つまりこれ、食前酒なのだ。あくまでも食前酒なので、量も泥酔しない程度に抑えて供している模様。かすかなクセとほんのりとした甘味が口内に広がり、飲みやすくてかなりイケる。「很好喝啊〜(おいしいですねえ)」と告げると、店の牛肉麺にマッチする酒を選んでいるとのこと。斜め上をゆくコダワリぶりが、個人的にツボである。しかも真っ昼間だし。
メインの牛肉麺にデザートも付いて、よそでは得がたい満足感
グラスに継ぎ足しちびちびやっていると、メインの牛肉麺が器に蓋をされた状態で登場。箸入れ(葉巻の木箱)から箸を取り出し待ち受ける。
店主が蓋を開き、うやうやしく汁を注ぎいれる。なるだけ麺がのびないうちに食べてもらおうという配慮のようだ。説明書きによると太すぎず細すぎずの0.37㎝の太さにこだわり、絶妙の弾力で供する麺なのだそうな。肉は頬肉とすじ肉を圧力釜で煮込んだもので、噛めばほろりの食感もよし。それらをまとめあげる角のない奥深くてまろやかな汁。食前に飲んだスコッチのほのかに舌先に残る甘味が、汁のうまさをより引き出している印象。品があってさすがにうまい。
デザートはツバメの巣を使った自家製ゼリー。これまたオレンジワインが隠し味に使われているという酒三昧である(酔うことはない)。さっぱりめの味が口をまとめてくれる。
コース仕立ての半筋半肉牛肉麺500元=約2000円なり。お手軽な『三商巧福』だと単品で200元しないから、普段使いにはちと高い。けれど“こだわりのスコッチを軽く飲んでおいしく締めの汁そばを食べました”感には、よそでは得がたい独特の満足感がある。台湾散策で出くわす一食としては断然OKの名品だと思う。
店のある場所は、土庫里(トゥクーリー)というエリア。ここ数年、小さな雑貨店やカフェ、『三生有幸』のようなクセ物美味店がどんどん増えている地元の穴場エリアである。台中観光というと駅前をちょっだけ覗くだけっていうパターンが多いけど、台中はもう一歩中心部に入り込んで楽しんでこそ堪能できる面白い街なのだ。
取材・文・撮影=奥谷道草