夜の空気漂う一角に、朝から開く待合室のようなカフェ
国分寺駅の新しく立派な通路を抜けて北口へ。広々としたロータリーに引き寄せられそうになるが、目的地は駅ビルを出て北西側に向かった路地にある。漂う空気はどこか猥雑で、辺りでは焼き鳥と書いた提灯やスナックの看板も目に入る。日が暮れてからの方がにぎやかなのだろう。
「この先に小平行きのバス停があって、朝はそのバスに乗る人たちがたくさん通ります。その方々にお店の存在をアピールしたいと思ってオープン時間を9時と早めにしました」
そう話す店主の中舘洋記(なかだてひろき)さん。お店は2022年11月にオープンした。道路に面したお店はガラス張りで、ベンチシートの席がちらりと見える。バスや電車の待合スペースのようで、初めてでも抵抗なく足を踏み入れられそうだ。
中舘さんがカフェを開こうと考えたとき、立地として考えたのが中央線沿線。しかし中央線になじみがあったわけではなかったという。
「住まいのある東急沿線に比べると、この界隈は住む人が多い割にカフェの数はそれほど多くありません。そこで中央線でお店を持ちたいと探していたところ、紹介されたのがこの場所です」
駅に近く、人通りも多い道に面したこのスペースは、およそ20年もの長きにわたってひっそりと倉庫として使われていた。今はガラス張りで開放感のある店舗正面も、シャッターがついていただけだったとか。
種類豊富な焼き菓子。自慢の一品はシンプルなレモンケーキ
朝ごはんにトースト、ランチにはホットサンドも食べられる『cafe icons』だが、メインのメニューはスイーツ類。特に1日に8種類ほどある焼き菓子だ。お店に入ったらいちばん目に付く場所にあるガラスケースに並んでいる。定番人気はキャロットケーキとレモンケーキ。特にレモンケーキは中舘さんの自信作で、何度も改良を重ねて完成した。
「砂糖の種類や量をいじったり、バターのメーカーを変えてみたり、配合を変えたり。最終的にいろいろと足し算していくよりも、引き算。シンプルな方がおいしいという結論になりました」
いくつもある焼き菓子の中で、レモンケーキは丸い型で焼いているところにも少し特別感がある。ひと晩寝かせ、アイシングとピスタチオで飾って放射状に切り分けて提供する。オーブンに入れる時間が長めだから、外側はしっかりした焼き色、内部は明るくやさしい黄色でコントラストもキュートだ。
生地にはレモン果汁と皮が入っていて、香りがよく爽やか。甘酸っぱさとコクのバランスがよく、密度の高い生地が舌の上でほろほろと細かく砕けていく。
コーヒー豆は、辻堂にある『27 COFFEE ROASTERS(トゥエンティセブンコーヒーロースターズ)」のものを採用。安定感のある深煎りだが、華やかでもあり、バランスがいい豆だとのこと。カフェラテでいただくとクリーミーなフォームドミルクとのコンビネーションが、心までふわっとさせてくれるかのよう。そのほかドリンク類は紅茶、自家製レモネード、子供向けのキッズドリンクの用意まであって、親子連れでも安心して立ち寄れそうだ。
シンプルなヴィジュアルのメニューは、10年後を見据えてのこと
中舘さんは、大学卒業後に飲食の世界へ。イタリアンやフレンチビストロなどでキッチンスタッフやメニュー開発を担当したのち、もっと気軽に来てもらえる店を開きたいとカフェを開くことにした。
「幅広い世代が入りやすい雰囲気で、お財布にも負担が少ないお店を作りたいと思っていました。この店では1000円もあればスイーツや軽い軽食を食べられます。それにカフェなら、例えばカレーや豚汁を出したっていい。ジャンルに縛られないのがいいのかな、と」
レストラン時代はお肉を使ったメインディッシュやパスタなどのメニューも調理・考案していたというが、実はスイーツはほぼ独学。ただし長年の経験から、奇抜なものよりオーソドックスなメニューの方が人気になることは知っていた。そして「10年後に振り返ったときに、映えとか流行ばかり追っていたと感じるのはちょっと……」 という考えもあって、どのメニューもシンプルに作っている。
定番メニューのほかはドリンクも含めて季節のテーマを作っていて、夏にはパイナップルとココナッツの組み合わせ、秋には栗やかぼちゃ、さつまいも、年始には大納言や抹茶を使った和を感じるスイーツなどが用意される。
「スイーツはどれも力を入れています。この店に来たらおいしいものがある、色々食べてみたいと思ってもらえるお店にしたかったので」と中舘さん。
オープンして1年と少し。仕事帰りの時間帯にパソコンを開いて作業する人や、学生らしい若い人がスイーツを食べていくことも多い。
「帰り際にも必ずショーケースが目に入るので、今度はあれを食べようという声を聞くとうれしいですね。もっとおいしいお菓子を作っていきたいです」
店内ではお菓子を作られている様子を見かけることもある。次はどんなお菓子ができあがるのか。何気なく見守るのも楽しみな時間だ。
取材・撮影・文=野崎さおり