実は結構はっちゃけてる!
久月の歴史は、天保6年(1835)に初代・横山久左衛門が人形師・久月の看板を掲げたのが始まりだ。3代目が界隈の大問屋・吉野家(後の吉徳)へ奉公に行ってのれん分けを受け、明治に4代目が久月の屋号を復活させた。戦後に人々の所得が上がり、趣味娯楽にお金を使うようになると、その恩恵も受けて躍進。格式高い節句人形が看板の老舗として知られるようになる、のだが。
「実はね、私は格式高さとか、壊していきたくて」とは、当代の代表・横山久俊さん。2021年に就任し、8代目にあたる。
「節句って要はお祭りで、節句人形は縁起物なんです。お祭りって楽しいじゃないですか。で、縁起物にはモリモリ願い事を込めたいじゃないですか。人形を飾って終わりじゃなく、もっと自由に楽しんでもらいたいんです」
言われて売場を見回せば、省スペースで飾れる段飾りや、ジオラマのごとく写真映え特化な破魔弓など、一風変わった商品が目に留まる。そこへ「コレ、見てください!」と、久俊さんが差し出したのは五月人形の刀……だが、刃の部分がボトルキャップだ。「柄は五月人形の刀と全く同じ。職人に頼んだら、ノリノリで作ってくれて」。最高の伝統工芸技術を惜しみなく使ったおふざけアイテム!
久俊さんのフリーダムな発想が開花したのは2020年のこと。「イギリスの女王陛下がプレゼンターを務められるスポーツ大会の景品に、トロフィーを作ってくれないかと頼まれたんです」。長き久月の歴史を振り返っても、トロフィーの前例はない。「でも、ウチの持ってる伝統工芸技術を集合すれば、できる気がしたんです」。実際に職人にオーダーしてみると、予想を上回るクオリティで完成。トロフィーは、イギリスで喝采を浴びた。これを機に、久俊さんは「作ろうと思えば、何でも作れる」と確信。どんなアイデアでも「まずやってみる」のスタンスでアグレッシブに動いている。
「今後は、人形屋ではなく縁起物屋にしていきます。モノではなくてコトに寄り添う」
いやはや、もはや久俊さん自身が縁起者! そのチャレンジ精神、見習いたいっすわ!
「お! じゃあ人形作りにチャレンジしてみますか!」アレ? そういう展開なの?
図画工作の成績2の男が久月人形学院に入門してみたら……
久月人形学院は、40年続く歴史あるカリキュラム。人形の作り方を教わり、実際に作る。超絶不器用物書き、無事人形を作れるか?
週1レッスンの通学コース、通信教育コース、1日体験の趣味コースがあり、今回挑むは趣味コースだ。ちなみに通学コースを卒業すると、自分で教室を開くことができるそう。
久月3階で材料を買ったら、教室へ移動し、いざ挑まん! ヘラで人形の切り込みにのりを詰め、そこに生地を押し込む。これ、「木目込(きめこ)み」という手法なんだって。作業自体はシンプルだけど、人形の曲線部分にしわが寄らないよう込めていくのが難しい。案外力もいる。四苦八苦しながら進めていると、隣から「上手よ〜」と、講師・小林久安(きゅうあ) さんの声が。教えてくれるだけじゃなくて、ほめてくれるんですか、この教室。自己肯定感、爆上がりっすわ!
周囲の受講者のみなさんも、「のり、足りてる?」「ハサミ貸そうか?」と、気にかけてくれる。温かし。
あっという間に終了時間。全面を布で覆うことはできなかったが、余った布で作ったマフラーや、小道具の刀で隠す。うん! 見栄えは悪くない! 「斬新で面白い!」と、久安さんも絶賛! 突飛なアイデアも受け入れ面白がる、久月の懐の深さを感じた。そうだ、「まずやってみる」。不器用なりに、挑戦してよかったー!
【1】生地を選ぶ
【2】のりを練る
【3】ヤスリで削る
【4】切り込みにのりを入れる
【5】生地を張り込む
【6】飾りをつけて完成
【7】思い思いにぬい撮りしよう
取材・文=どてらい堂 撮影=鈴木奈保子
『散歩の達人』2024年2月号より