世界観たっぷりの空間に誘われる
立川駅の南口から徒歩5分の場所にある『らーめん愉悦処 鏡花(以下、鏡花)』。2000年にオープンして以来、地元の人気店に君臨し続けている。日本家屋のような店構えで、訪れた人たちを温かく迎えてくれる。
ほの暗く照明が落とされた店内は、厨房を囲むどっしりとした木製のカウンター席や、囲炉裏と障子を備えたテーブル席があるなど、ラーメン店とは思えない独特な雰囲気。この趣たっぷりな空間は、オーナーの町田恵一さんが感銘を受けた明治の文豪、泉鏡花の代表作である「高野聖」の世界観を表現しているのだとか。
世界観により没入してもらうため、カウンターなどに使われている木材は、本物の古民家から再利用しているという徹底ぶり。どうりで、ただならぬ趣を感じられる。店名の『鏡花』も、もちろん泉鏡花の名前から。この店にたどり着いた人は、店内に入った瞬間から“鏡花ワールド”へと誘われるのだ。
オーナーの町田さんは、独学で学んだラーメンによって、かつて新横浜ラーメン博物館が開催していたコンテスト「ラーメン登竜門」で準優勝を果たした実力者。その後「ラーメンの鬼」の異名で知られる佐野実さんのもとで修業するなどして着実にラーメンの道を究め、2000年に満を持して『鏡花』をオープンした。
そんなオーナーが全幅の信頼を寄せているのが、この店で10年以上にわたり店主を務める松原進也さんだ。丁寧な接客も評判の『鏡花』だが、松原さんは「感動の域まで達してもらうことをモットーに、お客様とのコミュニケーションを心がけています」と話す。
鶏、豚、魚介の旨味が重なる重層式の醤油スープ
オープン以来、長い歴史のなかで進化を続けてきた『鏡花』のラーメン。今回は、いまイチオシの“ワンタン”が入った極醤油らーめん ワンタン入りを注文してみた。自慢のワンタン、大判のチャーシュー、角切りの炙りチャーシュー、オープン当初から添えられている三つ葉など、麺の上にぎっしりと敷き詰められた具材がうれしい。カウンター席のスポットライトに照らされ、ぽっと暗闇に浮かぶラーメンは幻想的だ。
研究の末に生み出された醤油スープは、鶏、豚、魚介など多彩な食材の旨味を重ねた重層式スープ。ひとつの寸胴では入りきらないほどの食材を使っているため、スープを作るのに2日間かかるという。さらに、旨味を重ねているのはスープだけではなく、6種類の蔵出醤油を「生」「生揚げ」「焦がし」の状態でブレンドし、チャーシューなど食材の味も溶け込ませて低温熟成させた秘伝の醤油ダレや、鶏油をはじめとする4種類の油が複雑に絡み合い、極みのスープを作り出している。
スープを口に含むと、コクとキレはありながら角のない、奥行きのある醤油の風味がふわっと広がり、動物系の力強い旨味と、魚介の香りが交互にやってくる。一言で「この味わい」と表現するのは難しいが、全体が心地よくまとまっていて、繊細に風味を重ねているのが伝わってくる。
北海道小麦100%使用の手もみ麺は、とにかく食感にこだわったという。食べてみるともちもちっとした弾力のある食感で、スープがしっかりと絡んでいる。ありそうでなかった弾力で食べ応えがあり、お腹いっぱい食べたい人の胃袋もしっかりと満たしてくれるはず。
最新のメニューリニューアルから、店が推しているのがワンタンだ。持ち上げてみると、川が流れるようなフォルムのワンタンが現れた。麺屋が本気で開発した傑作のワンタンは、ラーメンの麺に使用する最上級の小麦を使用しているため小麦の“おいしいところだけ”を味わえるのだ。ツルツル、ぷるぷるとした舌触りと歯応えが楽しい。
松原さんは「なんのおいしさなのかわからないほどの食材が入っていますが、とにかく“うまい!”と思えるラーメンになっていると思います。一つ一つの食材にこだわっているので、お値段は少し高めになってしまうのですが、お客様にがっかりさせない味わいに仕上げています」と笑顔だ。
クリーミーな泡系スープの鶏白湯も見逃せない
松原さんが「極醤油らーめんと並んで人気なんです」と教えてくれたのが、極醤油らーめんの澄んだスープとは対照的な泡系スープの極鶏白湯らーめんだ。鶏の身と骨を粉々にして強火で炊き上げ、最後の一滴まで旨味を抽出した鶏100%のスープは、コラーゲンがたっぷり。
スープの“泡”は、絶妙な塩梅でスープに空気を含ませて泡立てることで、クリーミーでふんわりとした食感になっている。できたての泡の食感を楽しみたいなら、時間を置かずスピーディーに食べるのがおすすめだそう。レンゲですくってみると、上層にふわふわの白い泡、その下に醤油色のスープが重なっているのがわかる。魚介の旨味が詰まった塩ダレと醤油ダレをブレンドした白湯スープは、濃厚でいてやさしい味わいだ。
ときどきスープの中央に添えられた、辛めの自家製ラー油をスープに混ぜてアクセントも加えてみよう。
いつもよりスープや具材の一つ一つを、丁寧にじっくりと味わってみたくなるのは、この空間だからかもしれない。『鏡花』に訪れたときは、ひたすらに目の前の一杯に向き合ってみよう。
取材・文・撮影=稲垣恵美