そば一筋50年。老舗そば屋の気配りランチ
『そば処たぐり庵』のランチメニューは丼ものに、香の物と果物、そしてそば、またはうどんが付くスタイルだ。天丼や親子丼、玉子丼にカレー丼などがとりそろえられている。そば屋さんの丼ものならば間違いがないというイメージで迷ってしまうが、今回はかつ丼1080円に冷たいおそばをつけてもらうことにした。
やってきたのはおぼんに所狭しと並ぶかつ丼とおそば。デザートにはバナナまでついている。
まずはおそばをたぐってみる。瑞々しく、香りが高い。少し柔らかめで、ふわっとそばの香りが鼻を抜ける。続いて少し甘みのあるつゆが味を主張する。そしてそばの香りとつゆの旨味が合わさって、のど越しよくつるりと食べ終えることができる。
後味はキレよくすっと引いて、すぐに次をたぐりたくなる。
続いてかつ丼をいただく。甘辛いタレがほどよくたまごとからみあい、絶妙にカツをとじている。まさしく三位一体となったタレ、たまご、カツを味わう。奇をてらったところは一切なく、そば屋のかつ丼と聞いて誰もがイメージする「うまいかつ丼」の味をそのまま体現している安定感。
食べ終えるとちょうどいいタイミングで蕎麦湯が運ばれる。あたたかく、染みわたる。最後にバナナをいただいてごちそうさまだ。
気取らない大衆店でありたいという思い
店主の樋口さんは茅場町の『長寿庵』で修業をして、1989年に『そば処たぐり庵』を開業した。実に半世紀もそば一筋でやってきた人物だ。
とはいえ気難しい職人肌といった感じは一切なく、樋口さん自身はとても穏やかで、人あたりよく、お店にも一切の気どりがない。
「そばっていうのはそもそもが大衆料理なので、値段も安く気軽に入れるお店でいたいですね。うちでそば食べてた子が大きくなって、子どもを連れてきてくれたりもしますよ。そうしてその子どもの初めてのおうどんをうちで食べてくれるんです。赤ちゃんやご老人がうちでおうどんを食べて、近所の人が気軽にお昼におそばを食べていってという感じですね」
樋口さんの気配りと、大衆食堂としてのそば屋というこだわりは随所にみられる。
「石うすで挽いた国産のそば粉をブレンドしたものを木鉢でこねてくるんで、機械で打ってます。半分手打ち、半分機械といったところですね。全部手でやるとどうしても値段が上がってしまいますからね。タレもいわゆる江戸前の辛めではないです。東京は色々な地方から集まっていますから、皆に親しまれる味を考えているんです。ただ、味には細心の注意を払っていますし、味を変えないことを意識しています。ですから10年ぶりくらいにうちにきて、なつかしい味だと言ってくれるお客さんもいますね」
地元の人達に愛されて、いつでも気軽にいつもの味を楽しめるのが『そば処たぐり庵』なのだ。
「バナナは、デザートというか口直しというか、栄養バランス的な意味で添えています。午後からのお仕事にしっかり臨めるようにですかね。季節の果物であったりすることもありますが、バナナが多いです」
気取らず、お客様のことを思いやる樋口さんの心配りはこんなところにも表れている。
そば職人としてのこだわりと、町の大衆食堂という矜持が、いつでも気軽に、リーズナブルな値段で満足できるお店を作っている。ここに来ればきっと居心地のよさを感じられるだろう。
/定休日:日・祝
/アクセス:地下鉄大江戸線門前仲町駅から徒歩3分
取材・文・撮影=かつの こゆき