ビジネスホテルの“中”にある昼限定のラーメン屋

JR川崎駅西口から徒歩8分ほど。店がある「ビジネスイン オカベ」というホテルにたどり着いた筆者は、建物の前で立ち尽くしてしまった。

駅近のホテル「ビジネスイン オカベ」の1階に店がある。
駅近のホテル「ビジネスイン オカベ」の1階に店がある。

今回のお目当ての店は『中華そば おかべ』。看板もメニュー表もあるのだからここで間違いないはずなのに、どう見てもホテルの入り口……。恐る恐る扉を開けて中をのぞき込むと奥のほうにものれんがかかった入り口がある。

青い扉を開けた先に見える店の入り口。
青い扉を開けた先に見える店の入り口。
のれんをくぐる前に券売機で食券を購入し、壁際に並んで案内されるのを待つ。
のれんをくぐる前に券売機で食券を購入し、壁際に並んで案内されるのを待つ。

ホテルの入り口から入ってきて間違いなかったようで、ひと安心。ホテルのエントランスにある券売機で食券を買って扉の前で順番を待っていると、店主の岡部隆宏さんが席に案内してくれた。

店主の岡部隆宏さん。ラーメン屋を始める前は、1日に最高6杯もラーメンを食べていたとか。
店主の岡部隆宏さん。ラーメン屋を始める前は、1日に最高6杯もラーメンを食べていたとか。

筆者がホテルに入るのを躊躇したことを話すと、「確かに、初めてのお客さんはホテルの中にラーメン屋があるとは思いませんよね」と岡部さん。このホテルはもともと岡部さんのご両親が経営する食堂付きの旅館だったそうで、1990年にビジネスホテルに改装された。

カウンター7席、4人掛けテーブル3席。かつては宿泊客専用の食堂だった。
カウンター7席、4人掛けテーブル3席。かつては宿泊客専用の食堂だった。

しばらくすると、厨房を切り盛りしていたお父さまが倒れたため、当時30歳だった岡部さんは会社を辞めて専門学校の夜間部に1年半通い、調理師免許を取得してすぐにホテルを手伝うようになった。

「ビジネスホテルなので、宿泊客に朝食を提供した後は食堂が空くんですよ。そこで昼時に中華料理店を始めたんです」。ホテルの向かい側には高層オフィスビルがあり、ビジネスパーソンの客が多い。会社員にとってランチタイムは時間との戦いであり、店には行列ができていたものの席数が多くないため中華の定食では客の回転が遅く、結局うまくいかなかったのだそう。

店の向かいにはオフィスビル・ソリッドスクエアがそびえ立つ。
店の向かいにはオフィスビル・ソリッドスクエアがそびえ立つ。

そこで今度は「パパッと提供できてササッと食べられるものといえば、カレーかラーメンかなあと思ったので、思いきってラーメン屋に舵を切りました」。ラーメン屋での修業経験はゼロにもかかわらず、2006年に『中華そば おかべ』をオープンした。

鰹節と豚骨の織り成す絶品濃厚スープ

メニューは中華そば、つけ麺、担々麺、担々つけ麺(すべて900円)の4種類。味玉やチャーシューのトッピング付きもある。今回は定番の中華そばをいただきま~す!

中華そば900円。トッピングはチャーシュー、メンマ、のり、モヤシ、ネギ。
中華そば900円。トッピングはチャーシュー、メンマ、のり、モヤシ、ネギ。

いわゆるあっさりしょう油の中華そばではなく、こちらは濃厚な魚介豚骨のしょう油ラーメン。「私が一番好きだった店のラーメンは淡麗系の豚骨しょう油だったんですが、自分にはとてもつくれない味だと思って。店をオープンする頃、濃厚系の魚介豚骨ラーメンの人気が出始めたんで、なんとなく流行にのってみました(笑)」と岡部さん。

のどごしのいい麺はぷりっとした歯切れの良さがあり、とろっとしたスープとの相性バツグン! 油やや多めのスープはほどよくこってり感があり、鰹の風味がバッチリ効いている。豚骨のコク深さも感じられて濃厚&まろやか。

麺はスープがよくからむ中細ちぢれ麺。
麺はスープがよくからむ中細ちぢれ麺。
鰹出汁×豚骨の濃厚しょう油スープはうなるほど絶品!
鰹出汁×豚骨の濃厚しょう油スープはうなるほど絶品!

この旨味たっぷりのスープに白飯を浸して食べたら、さぞかしおいしいだろう。というわけで、半ライスを追加で注文。スープをかけていただくと、想像以上においし~~~い! あまりのおいしさに、スープも1滴残さず完食! どこかの店で修業したわけでもないのに、この味をつくり出せるとは……岡部さん、すごすぎる!

半ライス100円にラーメンのトッピングを乗せてミニ丼に。スープがとろっとしているので、鍋の後の雑炊のように美味。
半ライス100円にラーメンのトッピングを乗せてミニ丼に。スープがとろっとしているので、鍋の後の雑炊のように美味。

ラーメン屋で修業する代わりに役立った意外なものとは?

ラーメン屋を始める前に3か月ほど試行錯誤を重ねたという岡部さん。スープの出汁の取り方から麺の茹で方まで何もかもが手探り状態だったため、1日12時間以上、厨房に立って一からラーメンづくりに挑んだ。

「いろんな店でラーメンを食べながら、ラーメンづくりの一連の流れをカウンター越しに見て学びました。店をオープンしてからも休みの日はラーメンを食べて歩いて、少しずつ自分の味をつくっていきました」と岡部さん。そもそも見よう見まねでできることではないが、『中華そば おかべ』は今や行列を成すほどの人気ぶり。岡部さんは客を虜にする究極の1杯を見事に完成させたのだ。

チャーシューは3枚入り。しっかりめの味つけで、スープ同様、白飯にピッタリ。
チャーシューは3枚入り。しっかりめの味つけで、スープ同様、白飯にピッタリ。

「実は『ラーメン発見伝』というグルメ漫画がすごく役に立ちました。この漫画には、ラーメン屋の店主のお悩みエピソードや店で起こりそうなトラブルが描かれていて、それらの問題を客の商社マンが解決していくんです。例えば、ラーメンの味は変えずに行列ができる店に生まれ変わらせるなど、店を成功させるために必要なノウハウや経営面でヒントになる情報がたくさん詰まっています。今も私にとってはバイブルですね」。

ラーメンの味を追求するだけでなく、なんと漫画のエピソードを実践して店を盛り立てた岡部さん。ラーメン好きのなかには味やクオリティに厳しい人もいるが、その反応をあまり深刻に受け止めないようにしているという。

ホテルの中にあっても繫盛しているのだから、岡部さんは商才に長けているといえるだろう。
ホテルの中にあっても繫盛しているのだから、岡部さんは商才に長けているといえるだろう。

「私が何より大切にしているのは、店の評判や自分のこだわりではなく、うちのラーメンが好きなお客さんのために少しでも長く店を続けていくことです。いつ来てもおいしいと思ってもらえるラーメンをお出しできるように、これからも努力したいと思います」。

そう言って、「まあ私は職人気質ではないし、適度にいい加減なんで」と笑う岡部さん。まさにラーメンの味も店の経営も実に“良い加減”です! 岡部さんのラーメンが好きな客の1人になった筆者は、この先も『中華そば おかべ』に通い続けることになりそうだ。

住所:神奈川県川崎市幸区幸町1-748-1 ビジネスイン オカベ1F/営業時間:044-541-7736/定休日:土・日・祝/アクセス:JR川崎駅から徒歩8分、京浜急行京急川崎駅から徒歩5分

構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=コバヤシヒロミ