家系を突き詰めた店主が、次に挑んだ清湯ラーメン

川崎駅東口を出て、すぐに広がるアーケードから仲見世通りに入る。ずらっと並ぶ飲食店は圧巻で、日本はもちろん、中国、韓国、ベトナムと多国籍なのも川崎らしい。ズンズンと奥へ進んでいくと、鶏と書かれたのれんが目に入った。ここが2022年にオープンした『鶏そば 一文』だ。

古木を使用した看板がナチュラルな雰囲気。
古木を使用した看板がナチュラルな雰囲気。

店に入ると、店長の吉田幸三さんが迎えてくれた。「母体は同じ並びにある『ごう』という焼き鳥屋さんなんです。うちは大山鶏と鴨を使ったラーメンを提供しているんですよ」と語る。

吉田さんは脱サラして飲食の道へ入った。「2006年ごろ、友人と会社を作ってお好み焼き屋さんをはじめたのですがこれが大惨敗。店舗を活用してくれる人を募集したら、家系の総本山『吉村家』の直弟子の方とニーズが合って一緒にラーメン店を開きました。働いていくうちにラーメン作りの面白さがわかり、どんどんハマっていていったんです」。

やさしい笑顔だが、実はラーメン研究の鬼。「ラーメンは化学に近くて、自分の理想の味をコンパクトなスケールで試行錯誤できるのが面白い」と店長の吉田さん。
やさしい笑顔だが、実はラーメン研究の鬼。「ラーメンは化学に近くて、自分の理想の味をコンパクトなスケールで試行錯誤できるのが面白い」と店長の吉田さん。

さらにおいしいラーメンを極めるべく、九州とんこつを勉強してその魅力を踏まえた家系のラーメン店を立ち上げると、みるみるうちに人気店に。経営が軌道に乗ったのでその店は他の人に任せると、また新しいことにチャレンジしたくなってしまった。

木の温もりを感じる店内は「狭い店内をいかに広く使うか工夫しただけ」と吉田さんは言うが、稲妻型のカウンターは斬新だ。
木の温もりを感じる店内は「狭い店内をいかに広く使うか工夫しただけ」と吉田さんは言うが、稲妻型のカウンターは斬新だ。

「家系はトンコツと鶏でスープを取るんですよ。トンコツのことは勉強したので、今度は鶏を掘り下げてみたくなって。ご縁があり、今の会社で鶏を使ったラーメン店を任せてもらえることになりました」。

鶏については新宿に本店を持ち、千葉、埼玉、神奈川に姉妹店を展開する『らぁ麺 はやし田』の教えを受けた。そこにオリジナルのエッセンスを加えたラーメンをひっさげ、2021年4月に『鶏煮干 一文』としてオープン。その後、しばし間を置いて2022年1月に『鶏そば 一文』としてリニューアルオープンした。

たった半年でリニューアルしたのにはのっぴきならない理由があった。

カウンターの調味料入れもおしゃれ。髪ゴムも用意し、女性への配慮もバッチリ。
カウンターの調味料入れもおしゃれ。髪ゴムも用意し、女性への配慮もバッチリ。

鶏煮干で惨敗し、あっさり味の鶏そばに。バラエティ豊かな4テイストが揃い踏み

『鶏煮干 一文』をオープンしたものの、時は緊急事態宣言真っただ中。にぎやかな商店街は歩く人もまばらだった。「まったくお客さんが来なくて半年で閉めました。悔しかったですね〜。今も店頭に表札をかけているんですけど、“煮干し”の部分に赤ペンで×をして、『鳥そば一文』に書き換えています。上の看板はちゃんと変えたんですけど、表札だけは当時のしんどさとか悔しさを忘れないように、そのまんま飾ってあるんです」。

書き換えられた表札は、日々の戒めにもなっている。
書き換えられた表札は、日々の戒めにもなっている。

リニューアルオープンまでの3ヶ月で、醤油、塩、つけ麺、混ぜそばの4種類を作った。鶏煮干ラーメンはこってり系だったのに対し、あっさり系にシフトチェンジした。来客のメインは40代くらいを中心に周辺で働く人と、近隣の飲食店へお酒を飲みに来る人。深夜3時まで営業しているので、仕事帰りの人の利用も多いという分析からシフトチェンジを決めたのだ。

「飲んだ後はあっさり系が受けるみたいですね。ここら辺で働いている人は女性が多いので、お店の雰囲気もそれを意識しました。来客の4割は女性ですし、常連さんも多いんですよ」。

年に2、3回は季節限定ラーメンも登場する。辛い鶏そばは4種のメインに並ぶ人気だ。
年に2、3回は季節限定ラーメンも登場する。辛い鶏そばは4種のメインに並ぶ人気だ。

「暑くなってくるとつけ麺からまぜそば、寒くなってくると醤油らぁめん、塩らぁめんが増えてきます。あとは、商店街でキャッチしてるお兄さんたち専用の小サイズのラーメンを作ってるんですよ。店の女の子やほろ酔いのお客さんが、お兄さんたちに『おいしいラーメン屋はドコ?』ってよく聞くみたいなので、まずは味を見てもらうんです。彼らの口コミは影響が強いんですよ」。

当然吉田さんによるメニュー開発の努力もあったが、商店街で働く人たちのクチコミをきっかけに固定ファンの輪が広がっている。

食べていくうちにつけ汁がまろやかになる特製つけ麺

基本になっている4つのテイストのうち、券売機の説明に「濃厚昆布水で鶏出汁の一歩先へ……」と書いてあるつけ麺が気になりオーダーしてみた。ナニ、ナニ⁉️ 一歩先はどうなってるの〜?

羅臼、日高など4種の昆布を水につけて濃厚な昆布水を抽出する。
羅臼、日高など4種の昆布を水につけて濃厚な昆布水を抽出する。
1日半〜2日漬け込むと昆布からたっぷり出汁が出て、おたまですくうとトロみを感じるほど濃厚だ。
1日半〜2日漬け込むと昆布からたっぷり出汁が出て、おたまですくうとトロみを感じるほど濃厚だ。

「この濃厚な昆布水に麺をよくからませてくださいね。昆布の旨味と香りがいいですよ。つけ汁に漬ける前に、まずは麺だけ食べてみてください」と吉田さん。おお〜、これは楽しみ。

続いて大山鶏と鴨を贅沢に使ったスープに、醤油と甘酢、2種のかえしを合わせたつけ汁を盛り付ける。赤玉ねぎと九条ネギがいい香りだ。

アツアツのつけ汁には香りのいい九条ネギと甘味のある赤玉ねぎが浮かぶ。
アツアツのつけ汁には香りのいい九条ネギと甘味のある赤玉ねぎが浮かぶ。

同時に茹でていた麺をキュッと冷水で締め、たっぷり濃厚昆布水をかけて完成。あの出汁を出しきった昆布もおいしそうだな……。

麺のトッピングには2種のチャーシュー、黄身が濃厚なマキシマムこい卵、メンマ、九条ネギに炭塩、わさび。
麺のトッピングには2種のチャーシュー、黄身が濃厚なマキシマムこい卵、メンマ、九条ネギに炭塩、わさび。

卓上の食べ方指南には、「まずは昆布水に浸かった麺をそのまま食べる」とある。さっき見せてもらったのでかなり濃厚な昆布出汁なのはわかっている。だけど、炭塩とわさびをつけただけでおいしいの〜? なんてタカをくくっていたのだけど。あらやだ! アタシ、びっくらコキ麻呂。爽やかな磯&わさびの香り、まろやかな旨味とほのかな塩味がいい感じ。

つけ汁につけると滋味深い鶏の清湯を醤油と甘酢の酸味がキリリと引き立ててまた違ったおいしさに。しかも親鳥と若鳥の鶏油を合わせた香味油がコクと香りもプラスされている。今度は、麺の持つ小麦の旨味と昆布の旨味などいろんな要素が5つも6つも重なり、よりボディの太いガツンとした味わいになっている。

麺は菅野製麺謹製の多加水麺。中太で喉越しがいい。
麺は菅野製麺謹製の多加水麺。中太で喉越しがいい。
豚バラ肉の燻製したチャーシューは肉の旨味が凝縮。
豚バラ肉の燻製したチャーシューは肉の旨味が凝縮。
もう1枚は鶏胸肉の低温調理のチャーシューだ。
もう1枚は鶏胸肉の低温調理のチャーシューだ。
麺の丼に残った昆布水に、つけ汁を足して飲んでみると、鶏出汁の向こう側が見えた。
麺の丼に残った昆布水に、つけ汁を足して飲んでみると、鶏出汁の向こう側が見えた。

つけ汁に麺を浸していくたびに昆布水が混ざっていき、最後には味がまろやかに変化していった。うーん、これはおいしくて、面白いつけ麺だ。麺が入っていた丼に昆布水が残っていたので、つけ汁を入れて飲んでみたらまぁ! おいしいこと。

「温かいスープ割りの用意もありますから、お気軽にどうぞ」と吉田さん。確かに温かいスープだと、飲んだ後はいいですねぇ。それじゃ今から1回飲みに出て、また戻ってきまーす。

住所:神奈川県川崎市川崎区砂子2-8-5/営業時間:11:30〜13:40LO・18:00〜翌2:40LO ※スープが切れ次第終了/定休日:無/アクセス:JR川崎駅から徒歩7分

構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢