店主の実家は宮崎県で30年の歴史を紡いだ「洋食家 樹」
「実家が宮崎で洋食屋をやっていました。生まれついての洋食屋の息子ですね」
冨田さんの実家は宮崎県にあり、宮崎牛のステーキやビーフシチューをメインとする本格的な洋食店を営んでいた。一軒家の洋館レストランで、記念日や接待にも重宝される高級店だった。店名は「洋食家 樹(いつき)」。店主であり、直樹さんのお父さんの名前「正樹」から一文字とった店名だ。
直樹さんは学校卒業後、上京して洋食店や三軒茶屋のイタリアンレストランなどで経験を積む。その後、一旦は宮崎に帰り、実家のレストランで8年ほど働くも、やはり東京で挑戦してみたいと再び上京。南蒲田で他店の立ち上げに関わった後、同じ蒲田で自分の店を持つに至った。その時、蒲田という街のポテンシャルの高さを知ったという。「洋食家 樹」は2014年に惜しまれつつ30年の歴史に幕を下ろしたが、その味は今も蒲田で息づいている。
手間暇惜しまない本格洋食の技は、ビーフカレーでも発揮!
「kitchen直樹のランチ」でSNSを検索すると、ビーフカレーのおいしさを写真とともにあげている人の多さに気づく。冨田さんは「ビーフカレーはそれほどでも……」と謙遜するが、本当においしい。スパイスの辛さというよりも、独特のほろ苦さや甘み、香りがある奥行きのある味わいだ。ほろ苦さは、飴色になるまで炒められた玉ネギやショウガで、香りは赤ワインとのこと。スパイスは通常のカレーと同じ。そして、主役はもちろんトロトロになるまで煮込まれた宮崎牛だ。ビーフシチューと同じネックの部位を使っているそう。
そして、これも宮崎牛100%のハンバーグは、細挽きの挽き肉を使い、どっしりとした厚みのある形。つなぎが少なく、和牛の旨みをダイレクトに感じられるハンバーグだ。牛肉と香味野菜、ワインの旨味が凝縮されたデミグラソースは、濃厚かつ芳醇。舌ざわりも滑らかだ。ハンバーグは、ランチでは数量限定なので予約は必須。
つけ合わせの野菜も驚くほど味が濃い。「そうでしょう? 直売所で買った新鮮な野菜を使ってるんですよ」と冨田さんもうれしそう。
羽田空港に近く、蒲田で働く大人を満足させる
「空港で働く人から聞いた話なんですが、空港で働く人は1日10万人が入れ替わるんです。朝・昼・夜3交代制で10万人が入れ替わるから、すごく経済効果があるんですよ。うちの店でも航空会社の人が利用してくれています。それに蒲田の人は地元愛が強いから応援してくれるんですよ。元々は蒲田の住民じゃなかったんですが、地元の人が『蒲田で洋食屋なんて出して大丈夫なの?』とお客さんを連れてきてくれるんですよ」
最初の1年目は苦戦したものの、2年目3年目には人が人を呼び、予約でいっぱいになる人気店になった。コロナ禍には、あえてアクリル板を設置せず、1テーブル1人と間隔を空けた席を作り、蒲田に出社する人たちにおいしい料理と憩いの場を提供してきた。
「これからも大人の方々が、落ち着いて食事ができる場所を心がけたいですね」と冨田さん。そのため、ランチは11歳以下のお子さんはお断りしている。これからも巨大ターミナル駅・蒲田にしっかりと根差した店になること間違いなしだ。
取材・文・撮影=新井鏡子 構成=アド・グリーン