店主2人で共同経営するカフェ
地下鉄千駄木駅出口の脇にあるバス停。白い建物の軒先にはかわいらしいベンチがあって、ここに座ってバスを待つ人の姿を見ることも多い。
この建物の1階は、大きなガラス窓から店内のカウンターが見える。「リノベーションした建物なんですよ」と教えてくれたのは、『百舌珈琲店』店主の三隅(みすみ)さんだ。
『百舌珈琲店』は、三隅さんと佐々木さんの2人で営む店。カフェ開業を目指して脱サラし青山のカフェでバイトをしていた三隅さんは、その店の店長だった佐々木さんと出会った。「二人とも独立を考えていて、軽い気持ちで物件を見ていたら、とてもいいところが見つかったんです。それで、一緒にやろうか、って」。
2020年3月に谷中の七面坂で開業し、2022年からは現在の場所に移って営業している。2020年3月といえばちょうどコロナ禍が始まった頃。カフェの経営には逆風のタイミングだったが「近所の人が来てくれて、とても助かりました。モーニングもやっているのですが、移転のときにはうちに寄るために通勤経路を変えてくれた方もいます。近所の、地元の方に支えられてます」。
急須珈琲と相性抜群のスイーツたち
『百舌珈琲店』の看板メニューは急須珈琲。その名の通り急須で淹れるコーヒーで、急須と湯呑み、そして砂時計のセットが半月盆でやってくる。
粗めに挽いた豆を使い、豆全体がお湯に浸る急須珈琲は、ティーポットに似た器具で抽出するフレンチプレスに近い味わい。紙のフィルターを通さないため豆の油分が残り、まろやかでやさしい飲み口だ。
この急須で淹れるスタイルは佐々木さんのアイディア。しかし、詳しく調べてみると江戸時代にもこのような飲み方があったことが分かった。「江戸時代の東北地方では、南部鉄器の急須でコーヒーを飲んでいたという記録があったんです」。
鎖国中、長崎から入ってきたコーヒー豆が日本列島を旅して東北地方で嗜(たしな)まれていた……それだけでも十分興味深い逸話だが、さらに驚くエピソードもある。実は、三隅さんと佐々木さんの出身地は長崎県と岩手県。急須珈琲は、店主2人にぴったりのゆかりある抽出方法だったのだ。
「器やコーヒーカップは長崎の波佐見焼のブランド『白山陶器』で、焼き菓子などには岩手の南部小麦を使っています。それぞれ地元へのリスペクトを持って、魅力を伝えたいという思いがありますね」
コーヒーはもちろんのこと、フードやスイーツのメニューもこだわりが垣間見えるものばかりだ。フード全般を担っている佐々木さんは子供の頃から家庭でよくお菓子作りをしていたそうで、「調理学校を出たわけではないのですが……」と謙遜するが、そうとは思えないほどのクオリティ。キャロットケーキは、にんじんの甘みにスパイスのアクセントが効き、そこにやさしいクリームチーズが寄り添う繊細なバランス。テイクアウト販売はしていないが、その要望が多いというのも納得のおいしさだ。
「健康志向を売りにしているわけではないけれど、使う食材はどれも体にやさしいもの。クッキーなどはヨーロッパの伝統的なものだったり、トラッドな作り方をしているものが多いです」
交流が生まれ、つながりが広がる
今後挑戦したいことを尋ねると、「自家焙煎!」という返事が返ってきた。それもそのはず、佐々木さんは、高校生の頃から地元の自家焙煎の店に通い、焙煎士を目指して上京して、都内の人気コーヒー店で焙煎をしていた経験もある。さらにパワーアップした味を堪能できる日も遠くないのかもしれない。
お客さんとの交流をきっかけに、アイディアをもらったりインスピレーションを得たりすることもあるそうで、「常連さんにワインショップを経営している方がいて、いろいろ教えてもらいました」という。
取材時も、たまたま立ち寄った方が「私も同郷なんです」と話してくれたり、ひとしきりローカルトークに花が咲いたりと、終始和やかな雰囲気の店内。この日は、同じ建物に入っている占いサロン『Ulucus』と一緒にイベント出展した際のオリジナルグッズも並んでいて、お店や人とどんどんつながっている様子が手に取るように分かる。
おいしいコーヒーとスイーツをお供に、いつもの顔ぶれにほっとしたり、新しい出会いを楽しんだりしながら和やかに過ごせる『百舌珈琲店』。単に「カフェ」と呼んでしまうとなんだか物足りない気がするほど、交流の拠点となって街なかのベンチのような役割を果たしている空間だった。
『百舌珈琲店』店舗詳細
取材・文・撮影=中村こより