輝く飴色スープに硬めチャーシュー、醤油香る東京ラーメン
暖簾(のれん)をくぐると、目に飛び込むのは数十年前までは日本中で見られた懐かしい光景だ。積まれたビールケースに木製のテーブル。これは作られたノスタルジーではなく、現在進行形だ。
この日いただいたのはラーメン700円とシューマイ550円。
四角い渦模様「雷文」で縁取られた中華どんぶりに盛られたラーメンは、きらきらと輝き食欲をかきたてる。
濃い飴色のスープに平打ちの縮れ麺。しっかりめのメンマにシンプルな海苔、ネギ、そしてしっかり味がしみこんだ肩ロースチャーシューが花を添える。まずはスープをひとくち。まろやかな風味で、しっかりと煮込まれた出汁が醤油の香りをキリリと引き締める。
「スープは醤油と豚、そして鶏と野菜ですね。珍しいものは使っていないんです」落合さんは語る。丁寧に煮込まれたシンプルなスープが疲れた胃袋に優しく沁(し)みる。
このスープの旨さを、さらに引き出しているのが平打ち麺だ。つるつると口触りがよく、頬張るごとに小麦の風味とスープの香りが混ざりあう。『来集軒』の始まりは製麺所。今も製麺所の仕事は続いている。100年を超える歴史を持つ製麺所だからこそ実現できた最高の組み合わせだ。
甘めでしっかり歯ごたえのメンマは、ラーメンの中休みにぴったりだ。チャーシューは食べ応え重視派にはたまらない豚肩ロースの硬めチャーシュー。しっかりと味がしみこみ箸を加速させる。
優しく滋味があるこれぞまさに「日本のラーメン」だ。
しっかりボリュームのシューマイは存在感抜群。
見た目は普通のシューマイなのに、ひとくち食べると新鮮な風味が体を突き抜ける。餡に使っているのは玉ねぎと片栗粉。玉ねぎの甘みともっちりとした食感で気付けば皿が空になっていた。お酒のつまみにも向いている。
「変わらない味」というプレッシャーから解放してくれた、林家正蔵の言葉
落合さんは『来集軒』とともに育ったが、以前は会社員をしていたという。しかし先代である父親が体調を悪くしたことをきっかけに店を手伝うようになった。
「店に入ったものの、父からは何も教わりませんでした。教えたくても教えられなかったんでしょうね。レシピも書けなかったと思います。とにかく見よう見まねで必死で覚えました。私もレシピは書けません。そもそも量りも使わず手の感覚ですし、煮込みなんかも時間を計るわけではなく脂の出具合を見極めながらですからね」と落合さんは懐かしむように語る。
落合さんが店を引き継ぐにあたり、もっとも大事にしていることは先代、先々代からの味を守り続けることだった。
「うちに新しい味や革新は求められていないと思うんです。何十年も通ってくれている常連さんも多いですし、そういう人たちは何十年も前と同じ味のラーメンを食べに来ているんです」
しかし、父親が他界し、ひとりで切り盛りしなくならなくなったときは不安があったという。
「自分だけで全て作らなくてはならなくなったときは、やはり不安でした。同じ味が出せているのだろうか、間違っていないだろうかと。それを正してくれる父ももういませんから。だけど、ずっと常連だった林家正蔵師匠が私のラーメンを食べて『親父さんの味と変わらないからがんばって』と言ってくれたので自信がつきました」
『来集軒』には多くの有名人も集う。
連綿と続く伝統の味を昔ながらの空気感で味わえる『来集軒』
1950年からの味を守り続ける『来集軒』。決して変わらない安心の味を求めて多くの人が常連となっていく。
ボロボロになった立て看板について落合さんはこう言っていた。
「もう30年も使っているんでだいぶガタが来てますね。そろそろ直すか新調しないとと思ってるんですが。最近は夜、電気がついたり消えたりすることもあって、国際通りから見ても看板が暗いからやっていないのかなって引き返しちゃう人もいるみたいですが、明かりがついてなくてもやっていることもあるので、お店の前まで見に来てください」
明治から続く製麺所の麺と50年間変わらぬ味の醤油ラーメン。今なお残る日本の伝統的な醤油ラーメンを食べたいときは『来集軒』へ。
取材・文・撮影=かつの こゆき