大正時代に屋台からはじまり、3代に渡って伝統の味を今に伝える

大正時代に屋台から始まった『萬福』は、代々銀座の歴史を見つめ、今や国民食となったラーメンの黎明期を支えてきた名店だ。東銀座駅から徒歩2分、銀座駅A8出口からでも徒歩6分と交通の便がいい。

初代店主が歌舞伎座からほど近い旧木挽町に店を構えたのは昭和4年(1929)。

看板やのれん、赤提灯など旧店舗の雰囲気を残す現店舗。
看板やのれん、赤提灯など旧店舗の雰囲気を残す現店舗。
店の入り口に飾られている、昭和に建てられた木造の旧店舗の写真。
店の入り口に飾られている、昭和に建てられた木造の旧店舗の写真。

3代目店主の久保英恭さんが店内に掲示してあるものを紹介しながら、店の歴史を教えてくれた。

生まれも育ちもここ、銀座という3代目の久保さん。
生まれも育ちもここ、銀座という3代目の久保さん。

「初代店主は私のおじいさんにあたります。昭和に入ってからここに店舗を建てました。その頃は木造だったのですが、2003年に改築しました」。

店舗部分はレンガ調の壁とアールがかった窓、レースのカーテンがレトロな雰囲気を醸し出しているが、見上げれば上階は立派な現代風のビルだ。店内に入るとダークブラウンに統一され、歴史の重みを感じさせる。

ついたてにステンドグラスがはめ込まれていたりしてなかなかシブイ。
ついたてにステンドグラスがはめ込まれていたりしてなかなかシブイ。

中華そばの屋台として始まった『萬福』だが、初代は洋食の出身だったため、木挽町に店舗を構えると洋食メニューの提供もはじめる。「西洋と支那(中華)の両方を提供する西支(せいし)料理店として営業していたんですよ。戸口のところにある木札にもそう書かれています」と久保さんが案内してくれた。

歴代の居住表示プレートや営業許可証が掲示されている。右端の木札の文字は消えかかっているがうっすら「西支料理」の文字が確認できる。
歴代の居住表示プレートや営業許可証が掲示されている。右端の木札の文字は消えかかっているがうっすら「西支料理」の文字が確認できる。

「祖父母は初めの頃屋台で営業していましたから、あまり裕福ではなく、食卓は毎日味噌汁とご飯だけのような質素な生活でしたが、笑いの絶えない明るい家庭だったと聞いています。祖父は早朝から夜まで働き詰めで仕事ひと筋。でも、一度飲みに出かけたらなかなか帰ってこないという。いかにも明治生まれの男って感じですよね(笑)」。

初代の写真も大切に飾られている。
初代の写真も大切に飾られている。

久保さんが2代目の父から3代目を譲り受けたのは25歳の頃。大学時代は叶えたい夢もあったが、ケガをしてしまったことで断念。大学を卒業すると父から「店を継ぐなら他人のメシも食わないと」と言われ、よその中華料理店などへ修行に出た。

父の代までは、オムライスとかカツレツといった洋食メニューがいくつもありましたが、私が代を継いでからは中華メニューが増えました。今、洋食で残っているのはポークライスくらいですね」。

メニューが変わっても、お手頃な価格でお腹いっぱい食べられるのは今も昔も変わらない。「今や、家族4代でお見えになるお客さまもいらっしゃいます」と久保さんは微笑む。

久保さんの話を聞きながら店内を見ていると、一角にユニクロとのコラボTシャツが飾ってあった。銀座の老舗や名店が名を連ねる中に当然ながら『萬福』もいる!

銀座の老舗・名店28店舗がユニクロとコラボしたTシャツ。『萬福』Tシャツは、もちろん中華そばがモチーフ。
銀座の老舗・名店28店舗がユニクロとコラボしたTシャツ。『萬福』Tシャツは、もちろん中華そばがモチーフ。

2パターンあるが、個人的には右胸に千社札調のワンポイントを施された方のTシャツが好みだな。帰りにユニクロを覗いてみよう。

唯一、店内に残る洋食メニューのポークライス

現在残っている唯一の洋食メニュー、ポークライス950円と中華そば800円をオーダーした。まず、久保さんが調理に取りかかったのはポークライスから。

メニュー表を見ると「ケチャップ味のやきめし」と書いてある。見た目はチキンライスのようでもあるが、具材にチャーシューを入れているのが『萬福』流。

中華そばにも使用する自家製チャーシューをたっぷり入れる。
中華そばにも使用する自家製チャーシューをたっぷり入れる。

「うちは西支料理なので、鶏肉やベーコンを入れないんです。一般的なやきめしも人気があります。どちらも冷めてもおいしいからテイクアウトでも人気なんですよ」と話す。

中華鍋から煙が出るくらいしっかりと“焼き”を入れてから具材を投入し、パパッと手際よく炒めていく。時折炎が立ち上り、傍で見ていた筆者は思わず「おお…!」と声をあげた。

煙が出るくらいまで熱した中華鍋で、タマネギと荒く刻んだ自家製チャーシューを炒めていく。
煙が出るくらいまで熱した中華鍋で、タマネギと荒く刻んだ自家製チャーシューを炒めていく。
調味料やケチャップも加えて強火で煽る。これは家庭ではできないプロの技。
調味料やケチャップも加えて強火で煽る。これは家庭ではできないプロの技。

強い火力で調理するからか、心なしかチキンライスよりもパラパラになっているように見える。ものすごく芳ばしい香りがしてきて、これは期待できそう! と小躍りする。続いて中華そばの調理だ。

三角の薄焼き卵がぽっかり浮かぶ昔ながらの中華そば

Tシャツのモチーフにも採用された『萬福』を象徴する中華そば。久保さんは「先代からスープの味を変えてない」というからますます興味が湧く。

寸胴鍋には香味野菜とともに煮込まれたスープが。「スープの材料は秘密です」と久保さんは話すが、写真を撮らせてくれるやさしさに感謝!
寸胴鍋には香味野菜とともに煮込まれたスープが。「スープの材料は秘密です」と久保さんは話すが、写真を撮らせてくれるやさしさに感謝!
チャーシューのたれをかえしに使用し、秘伝のスープを丼に注ぐ。
チャーシューのたれをかえしに使用し、秘伝のスープを丼に注ぐ。
軽快なリズムで麺あげをする。
軽快なリズムで麺あげをする。

麺類は時間が勝負。テンポ良くトッピングを飾り、中華そばも完成した。先ほどのポークライスと並べてさっそく実食だ。

名物メニューがどどーんと揃い踏み。店内の雰囲気にぴったりマッチしている。
名物メニューがどどーんと揃い踏み。店内の雰囲気にぴったりマッチしている。

3代を超えて受け継がれてきた味を噛み締めながらいただきましょう。まずは中華そばから。

具材はメンマ、ほうれん草、ナルト、そして三角の薄焼き卵。
具材はメンマ、ほうれん草、ナルト、そして三角の薄焼き卵。

醤油味のスープは魚介と動物系を合わせてあり、ほんのり香るショウガがいい。醤油の色が濃いが、あっさりとして塩辛すぎないまろやかなスープだ。

薄焼き卵はビジュアルだけでなく、味と食感にアクセントを与え大きく貢献している。
薄焼き卵はビジュアルだけでなく、味と食感にアクセントを与え大きく貢献している。

麺は喉越しがいい細めのちぢれ麺で、ネギ油のコクと香りが利いたあっさり系の醤油スープとの相性もいい。トラディショナルな味わいがほっこりと体に染み渡る。豚モモ肉のチャーシューはしっかりと醤油で煮込まれて、噛むと繊維質を感じる歯応え。昨今の生ハムのような低温調理チャーシューもおいしいのだけど、この中華そばにはコレしか合わないだろう。心の中で「コレ、コレ!」と言いながら小さく頷いた。

ひと通り中華そばを味わったところで、ポークライスにも手を伸ばそう。

グリンピースが乗っているところが洋食チックだ。
グリンピースが乗っているところが洋食チックだ。

真っ赤なケチャップライスは強火で煽っているからか、燻したようなスモーク感が食欲をそそる。パラパラとしてメニューに書かれていたとおり“やきめし”のよう。ラードが香るなかにケチャップの甘みと酸味がほどよくあり、時折口の中でゴロっとしたチャーシューに出合えばなんともいえない幸福感。プチンと弾けるグリンピースも大好きだ。これは無限に食べられるなぁ。

中華そばのスープにもよく合い最高のコンビネーション。だからこそ『萬福』の100余年に渡る歴史のなかで残るべくして残ったのだろう。次は3代目になって登場した、レバニラ炒めやエビ玉などの定食メニューにもチャレンジしてみたい。

住所:東京都中央区銀座2-13-13/営業時間:11:00〜15:00・17:00〜22:00/定休日:日/アクセス:地下鉄日比谷線東銀座駅から徒歩2分

構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢