川越唐桟の今昔

江戸を舞台にしたドラマや映画には、縞着物でビシッと決めた旦那衆や女将がよく登場する。颯爽(さっそう)とした身のこなしがかっこよく、「粋」の手本のようだ。劇中ではっきりと説明されることはほとんどないが、もしかして着ているのは川越唐桟?

「その可能性はあります」と教えてくれたのは、『呉服 かんだ』の3代目・神田善正さん。実際、衣裳の貸し出しを頼まれたこともある。川越唐桟の特約店は市内に2軒あるが、そのうちの1軒が『呉服 かんだ』だ。戦後に総合衣料店としてスタートし、普段着物として川越唐桟も取り扱うようになったのだとか。

『呉服 かんだ』では着物のレンタルが可能。川越唐桟に身を包み、街を散策できる。木綿の生地なのに絹のような柔らかい肌触りでとても気持ちいい! 4400円~。
『呉服 かんだ』では着物のレンタルが可能。川越唐桟に身を包み、街を散策できる。木綿の生地なのに絹のような柔らかい肌触りでとても気持ちいい! 4400円~。

「元をたどれば江戸時代末期に、中島久平という川越の商人がイギリスから紡績綿糸を買い付けて、機屋に織らせたのが、川越唐桟の始まりなんです。舶来品の唐桟は希少だったので、各地で模造品が作られるようになりました」

その中で力をつけていったのが、川越・入間地方。よその産地のものに比べ、極細の糸で織られた川越唐桟は肌触りが柔らかく、絹のような光沢がある。基本は細い縞模様で、遠目で見ると無地に見えるものも。

動き回っても苦しくないようにプロが着付けをしてくれる。
動き回っても苦しくないようにプロが着付けをしてくれる。

「それこそが川越唐桟の個性で、江戸っ子が“粋”ともてはやした部分なのかもしれません」

人気の火付け役は歌舞伎役者だ。ブームになったものを略称で呼ぶのは今も昔も変わらないようで、「川唐」と呼ばれた。さらに「当時は細いものが粋とされる時代。竹の細工であっても何であっても、細さがもてはやされた」そう。それがちょうど、川越唐桟とマッチした。

川越唐桟の反物が並ぶ。
川越唐桟の反物が並ぶ。

しかし、これも人々の洋装化が進むにつれ、急速に落ち込むこととなる。その傾向は明治30年代から見られ、昭和初期には生産がすっかり途絶えてしまった。

「これを復活させた立役者の一人は、県内の高校で教師をしていた井上浩先生。川越唐桟とサツマイモにくわしい方で、昭和の終わり頃、商家の蔵に残されていた着物の切れ端を見つけてくれたんです。それを、入間市で西村織物を営む西村芳明さんに見せて、機械織りによる復元を依頼したそう。このお二人のおかげで、川越唐桟は生き返りました」

販売を買って出たのは、『呉服 かんだ』の初代。西村さんが作成してくれたという見本帳には、100近い縞木綿の生地サンプルが並んでいる。その中には、蔵から発掘された切れ端をもとに西村さんが復元したものだけでなく、西村さんが川越唐桟のために考えたデザインも。

3代目の神田善正さん「いつかは社内に製造部門を立ち上げ、川越唐桟をもっと広めたいと思っています」。
3代目の神田善正さん「いつかは社内に製造部門を立ち上げ、川越唐桟をもっと広めたいと思っています」。

「ある日電車に乗っていたら、ストライプのシャツを着ている人がいたんだって、西村さんが新しいデザインを見せてくれたんです。江戸時代は藍色や柿渋が多くて、染料が高価で手に入りにくい赤い色なんかは珍しかった。そういうのを取り入れても面白いよねって」

時代の先端を行きながらもそれを大っぴらに主張せず、むしろあえて「地味」に落とし込む。そのセンスとバランス感覚が、江戸の“粋”を生んでいたのだ。令和においてもそれは同様。川越唐桟の未来を考えていたら、これからの日本の“粋”についても想像が膨らみ、夢も膨らんだ。

『呉服 かんだ』店舗詳細

住所:埼玉県川越市幸町3-1/営業時間:10:00~19:00/定休日:火・水/アクセス:西武鉄道新宿線本川越駅から徒歩12分
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手織り体験をしよう in 『川越市立博物館』

伝統の技術を次世代につなぐため、『川越市立博物館』で活動に励む川越唐桟手織りの会。その様子をのぞいてみよう。

室内に、ガチャン、ガチャンと織機を動かす音が響く。
室内に、ガチャン、ガチャンと織機を動かす音が響く。
会員は現在22名。グループに分かれ、作品を制作する。
会員は現在22名。グループに分かれ、作品を制作する。

川越唐桟手織りの会が設立されたのは1980年代。きっかけは、前述の井上浩さんによる「幻の川越唐桟」講演だった。実は川越唐桟の定義はさまざまで、こちらの会では昔ながらの手織りであることを重視。極細の木綿糸を自分たちで染め、それを2本引き揃えて使う。

自分たちで草木染めした糸を使用するのも、この会の特長。
自分たちで草木染めした糸を使用するのも、この会の特長。

毎週木・日曜は自由に見学でき、機織り体験も可能だ(予約不要だが、時間など詳細は要確認。体験無料、入館料一般200円のみ)。会員は簡単そうに操作しているが、やってみると難しい。両手足にそれぞれ役割があり、バラバラに動かさないといけないがうまくいかない。それでも少しずつ現れる模様にわくわくする。

2023年11月2〜5日には隣の『川越市立美術館』で作品展も。チェックしよう。

『川越市立博物館』店舗詳細

住所:埼玉県川越市郭町2-30-1/営業時間:9:00〜17:00(最終入館は16:30)/定休日:月(祝の場合は翌火)・第4金(祝の場合は開館)/アクセス:西武鉄道新宿線本川越駅から小江戸巡回バス9分の「博物館・美術館前」下車1分

取材・文=信藤舞子 撮影=井上洋平
『散歩の達人』2023年10月号より