数年後、鬱屈した日々を送りながら当時のことを思い出していた。あの頃は人見知りが激しく声をかけることすらできなかったが、今なら酒の力を借りて社交的になれるのではないか。そんなことを考えながらぼんやりネットを見ていたある週末の夜、うってつけのクラブを発見した。西麻布のそのクラブは、刺激的な出会いを求める男女で常に賑わっているという。しかも普通のサラリーマンが多くクラブ初心者も行きやすいらしい。

急に気持ちが高ぶってきた。奇しくも今日はクラブが最も盛り上がる土曜日。22時を回っているがピークタイムはこれからだ。腹を括った私は、23時過ぎの電車に一人飛び乗り、西麻布へ向かった。

六本木駅を降りて5分ほど歩いたところにそのクラブはあった。すでに20人以上の男女が並んでいる。確かに渋谷のような悪そうな客はほとんどいない。

一緒に行こうよ

並んで待つこと数分、やっと入場順が回って来た。緊張しながら身分証を提示しようとしたところ、屈強な店員の口から放たれたのは無慈悲な一言だった。「お客さん一人でしょ。このクラブ二人以上じゃないと入れないんだよ」

どういうことだ? ネットにそんなこと書かれてなかった。その場を離れたものの、深夜に西麻布まで来てすごすご引き返すわけにはいかない。勇気を出して近くにいた見知らぬ男性に声を掛け、「友達のふりをして一緒に入ってくれませんか」と交渉すると、意外にすんなり承諾してくれた。

その男性は、内向的な私が一人で深夜の西麻布に来たことに興味を持ったようだった。列に並びながらいろんな話をした。彼は私の一歳上、ブレイクダンスをやっていて、全日本で3位入賞したこともあるすごい人だった。ファッションもダンサーっぽいストリート系で洗練されている。気さくに話しかける人柄にも好感を持った。

再び入場順が回って来たが、店員に「あんたさっきの人だよね。その辺で会った人連れて来ただけでしょ」とバレて入れてもらえなかった。今出会った人と入ったからといってなんの問題があるのかわからなかったが、入場を諦め、男性にお礼を言って別れようとすると、彼は「行くとこ決まってないでしょ? 一緒に行こうよ」と誘ってくれた。喜んで誘いに乗り、彼の知っているクラブに向かった。

その時、5〜6人の男女の集団が突然後ろから「おお! 健ちゃんじゃーん」と話し掛けてきた。彼の知り合いだった。いつも六本木で一緒に飲んでいる仲間らしい。

健ちゃんと呼ばれる彼は「さっきそこで会ったんだけどめっちゃいい奴だから仲良くしてあげてよ!」と私を紹介してくれたが、みんな乗り気でないようだ。私も空気を読んでその場を去りたかったが健ちゃんの気遣いを無駄にはできず、なんとか輪に入ろうと積極的に話しかけた。会話は弾まなかったが、集団の数歩後ろをついて行く形で同じクラブへ入った。

一緒に行くよな?

バーカウンターでみんなと乾杯した後も、疎外感はなくならない。留まるべきか、こっそり消えるべきか。その時、集団の中の一人のギャルが「健ちゃんダンス見せてよ!」と言い出した。流れで私も「ダンスできる?」と尋ねられたので「まあそれなりにはできますね」と答え、日本3位の健ちゃんとダンス対決をする羽目になった。本当はダンスなど全くやったことがない。あえて自信ありげなことを言った後、めちゃくちゃレベルの低いダンスを見せたらウケると思ったのだ。危険な賭けだが、そうでもしないと輪に入れない。

最初に健ちゃんが10秒ほど踊った。すごかった。さすが日本3位のクオリティ。場のテンションが一気に上がる。次は私の番だ。

踊る前に、「ヒップホップ系でいいっすか?」などとそれっぽいことを言っておく。緊張を高めた後の緩和。これが笑いの方程式だ。「じゃ、いきます」クールに言い放った後、クネクネと手足を動かしながら回転を始める。ヤバい予感が全身を包んだが、ここで正気に戻ってはいけない。途中で変顔も追加。できるだけ滑稽に見えるよう、思いつくまま動き続けた。怖くてみんなの顔は見なかった。

踊り終え、恐る恐る顔を上げる。やはり誰も笑っていなかった。空白の数秒間が過ぎた後、各々が関係ない会話を始め、私のダンスはなかったことにされた。私は人に聞こえない声で「ヤバい無理かも」とブツブツつぶやきながら、急いでトイレに逃げ込んだ。

戻ってくると、近くのバーに移動することが決定していた。私のせいだろうか。健ちゃんは「一緒に行くよな?」と誘ってくれたが、横にいた女は「え、マジで?」と本心を隠そうとさえしない。健ちゃんもそれ以上引き止めなかった。

彼らがいなくなってから一応数人に声を掛けてシカトされた後、クラブを出て裏道でタバコを吸いながら始発を待った。数年前、渋谷で吸ったタバコと同じ味がした。

文=吉田靖直(トリプルファイヤー) 撮影=鈴木愛子
『散歩の達人』2019年11月号より

日々の制作に行き詰まり、先の見えない鬱々とした毎日を送っていた。何もアイデアが湧いてこない。やる気も出ない。本を読んだり、体を動かしてみても何も改善しない。もっと根本的に、素朴で原始的な感覚に立ち返らなくては解決しない気がした。
色々なところで言っているが、私の実家は神社である。長男の私は、幼少時代から親族や近所の人に「早く立派な神主になれよ」と言われ続けてきた。そのたびヘラヘラしながら「そうっすねー」と受け流してきたが、大学生にもなると圧が高まってくる。親から電話がかかって来るたび「早く國學院大學に通って神職の資格を取れ」と言われるようになった。