下北沢の老舗町中華といえばココ
1964(昭和39)年に創業した『珉亭』は、ランチ時になるといまだに行列ができるほど人気の町中華。長い歴史のなかで幾度となくメディアに取り上げられ、若かりし頃に売れっ子のミュージシャンや俳優がアルバイトをしていたことでも有名だ。「下北沢に訪れたら、あの店に一度は行ってみたい」と憧れる人が絶えず、いまや下北沢の顔といえる存在だろう。
のれんをくぐり店内に入ると、外観と同じ赤を基調としたカウンターとテーブル席が並んでいた。年季の入った雰囲気がこの店の歴史を思わせる。初めて来店したのに、なぜか安心感を覚える空間だ。
初代店主である父から店を受け継いだ2代目店主の鮎澤陽子さんは、子どもの頃からこの店とともに歩んできた。
「昔から家族で来てくださっていたお客さんのお子さんが大きくなって、新しく家族を連れてきたり、さらにそのお子さんが大きくなって家族を連れてきたりと、何世代にもわたって来てくださる方は多いです。最近では下北沢の街の変化やコロナの影響などがあって、若いお客さんもすごく増えましたね」と鮎澤さん。
江戸っ子ラーメンを目当てに訪れたので、意外にも種類豊富なメニューがあることに驚いていると「父は北から南まで全国あちこちで働いていたから、現地で見つけたいろんなものをメニューに取り入れているんですよ。北海みそラーメンとか、じゃじゃめんとか、坦々メンとか、本場の味を再現しつつアレンジしたメニューをそろえています」とのこと。
ユニークなメニュー展開も、この店ならではの味なのだ。
キムチ風のピリ辛なお新香が名物の証
多種多様なメニューに目移りしてしまうが、この店に来たからにはオススメの江戸っ子ラーメンは欠かせないだろう。さらに「名物メニュー」といわれるチャーハンも半チャーハンで味わってみることに。
江戸っ子ラーメンは一般的なラーメンよりもふた回りほど大ぶりな丼にたっぷりと盛り付けられており、見た目からインパクトは抜群だ。
江戸っ子ラーメンの最大の特徴が、器の中央にこんもりと盛り付けられたキムチのようなもの。「キムチみたいですが、うちのは少し違うんですよ」と鮎澤さんが話す、特製のお新香だ。キムチ風に少しだけ辛みをつけた白菜のお新香は、キムチより優しい味わいでマイルド。食べる前は「ラーメンに漬物?」と思ってしまうが、さっぱりとした味わいがなぜかラーメンに合っている。
アンバランスに見えて考え抜かれたお新香のワンポイントこそが、このラーメンに唯一無二の個性を与えているのだろう。
スープは、鶏ガラや豚ガラをベースにした澄みわたる醤油スープ。薄口醤油を使っているため、透明感がありながら味の輪郭はしっかりと濃い。優しさの中に醤油の香りと風味が存分に感じられ、さらにお新香が時折アクセントをくれる。昔ながらの中華そばと似ているようで異なる、これが“江戸っ子の中華”なのだろう。
鮎澤さんは「30年以上前に、江戸っ子ラーメンばかり売れる“江戸っ子ブーム”がきたことがあって。そのときは、どんどんラーメンが出るからスープが追いつかなくて、最後の方はスープがお湯のようになっていましたよ(笑)」と江戸っ子ラーメンの人気エピソードを笑顔で話してくれた。
この味が、下北沢の人たちに長く愛されてきたのだなぁとラーメンを食べながらしみじみと実感した。
話題の“赤チャーハン”も!
この店で江戸っ子ラーメンに並ぶ名物として君臨しているのが、チャーハンだ。昔から変わらずにあるメニューだが、赤い色をしているため“赤チャーハン”と呼ばれ次第に注目されるようになり、今ではこの“赤チャーハン”を目当てに訪れる人が大半なのだとか。
そしてこの赤の正体。紅しょうが?梅干し?などと想像を巡らせるが、実はチャーシューの色がご飯にうつったもの。昔ながらの中華のチャーシューは肉のまわりを食紅で赤色に着色しているものが定番で、先代がそれをチャーハンに取り入れたところ意図せずこの色になったそう。偶然生まれた名物というわけだ。
気になる味わいはというと、まさに町中華で食べる王道チャーハン。この赤色が味わいに影響しているわけではないが、見た目から入ったにしても、定期的に食べたくなるような素朴な味わいのチャーハンだ。
「下北沢に久しぶりに来たというお客さんからも“駅を降りて道に迷っちゃったけど、ここだけは昔から変わらないね”と言われます」と鮎澤さん。下北沢という街を語るには、『珉亭』に足を運ばずにはいられないだろう。
取材・文・撮影=稲垣恵美