穏やかな空気が流れる場所に、その店はある
地下鉄千駄木駅からさんさき坂をのぼった先、墓地の脇の静かな路地裏に、モーニングの幟が揺れている。
「もともと谷中が好きだったんです。下町のような感じで、アットホームな雰囲気があって」と話すのは、店長の能勢(のせ)藍さん。
「ずっと喫茶をやってみたかった」という能勢さんが、雰囲気が気に入ったこの街で物件を探し、社長の松尾康弘さんと『Cafe yue』をオープンしたのが2020年の夏。コロナ禍の真っ只中で、飲食店の経営も初めてだったというが、詳しい方に協力してもらい試行錯誤しながらスタート。現在は、観光客のほか近所に住んでいる常連さんの姿も目立ち、地元民から重宝されている様子が窺える。
豪華ランチメニューで大満足!
この日いただいたのは、お店のオープン以来人気の商品だというローストビーフ丼。黒毛和牛のメス牛の肉をふんだんに使った一皿だ。
お肉屋さんから、そのとき一番おいしい産地のものを仕入れてもらっているというお肉は、柔らかさと歯応えのバランスが絶妙。噛むほどに旨味が増し、ほどよい塩気もあってご飯がどんどん進む。途中で温泉たまごを割って絡めれば味変になり、あっというまに平らげてしまう。
しかし、驚くべきは人気メニューのおいしさだけではない。メニューの数の多さにも注目だ。「これでも以前よりは減らしたんですよ」と能勢さんは言うが、和洋のプレートからパスタ、カレー、丼ものや定食まで、何を食べたい気分の日でも応えてくれる幅広さなのだ。
ランチのみならず、モーニングやデザートメニュー、そしてアルコールとおつまみも充実している。「外国人観光客の方は特に、お昼でもお酒を飲んで行かれる方が多いですね」と能勢さん。特にビールは、福島や気仙沼のクラフトビールがラインナップされていて興味をそそる。しかし、どうしてまたこの地域のビールなのだろう?と思えば、それこそがこの店の重要なポイントだった。
復興支援店を併設、おみやげもバッチリ
実はこの『Cafe yue』は、復興支援のための東北物産店「東北基地エール」を併設したカフェ。「気仙沼にいる知人とのつながりもあって、定期的に復興支援活動をしていたんです」と社長の松尾さん。イベントでの物販などをするうちに継続的に支援できるような実店舗を作りたいと考え、物産店を併設する形でこの店をオープンしたのだ。
フードロスをなくすため現地で賞味期限が近くなったものや在庫過多のものを扱っており、カフェのフードメニューも「おうちの味」「てづくりの味」を基本にしつつ、なるべく東北のものを使っているという。
「東北基地エール」をのぞいてみると、岩手県、宮城県、福島県のおいしいものや工芸品が勢揃い。会津本郷焼のアクセサリーから牛タン、缶詰や乾物、そして福島の桃まで、アンテナショップのような品揃えだ。
能勢さん曰く「この辺りのほっとできる感じは、東北の雰囲気とどこか似ているかも」。たしかに、“都心なのに田舎っぽい”と言われたりもする谷中とはどこか共通点があるのかもしれない。そしてなにより、「東北基地エール」がつなげてくれているからこそ、同じあたたかさを感じるのだろう。
谷中の街を満喫しながら、遠いみちのくの魅力にも触れ、応援できる店。ここに立ち寄れば、おなかも心も大満足のランチになるに違いない。
『Cafe yue』店舗詳細
取材・文・撮影=中村こより