脱サラ店主が奥さんと二人三脚で営業するカレー専門店
JR大久保駅の南口。飲食店はあるものの大久保通りに面した北口のようなにぎやかさはなく、改札を出てすぐ学校や民家などがあって庶民的な雰囲気だ。
2000年にオープンした『小さなカレー家』は、古き良き昭和の佇まいを残す店だ。年季が入った店頭の様子はむしろ風格すら感じさせる。
昭和の喫茶店風のドアを開けて店内に入ると、「いらっしゃいませー」と言って迎えてくれた店主の萩原健次郎さん。奥さまと二人三脚で店を切り盛りしているという。
カレーのスパイシーな香りが店内に充満し、店内に流れるラジオとともに牛すじを仕込んでいる圧力鍋がシュッシュッと軽快なリズムを刻んでいる。このシチュエーションだけでもうこのお店が好きになった。めっちゃめちゃ落ち着く〜〜〜!
萩原さんはもともと専門商社の営業マンとして働いていたのだが、脱サラをしてカレー専門店をオープンした。
「私は脱サラで店を開いたので専門的な技術や知識もないし、注文を受けながら調理できないんですよ。だけど、カレーなら大量に仕込んでおけるので専門店にしたんです」。それ以来、牛すじカレーひと筋で地域の人々に愛され続けている。
「最初は牛すじカレーライスだけだったんですけど、3年くらい経った頃、うどんを提供しはじめました。毎日のように来るお客さんから『毎日ご飯じゃいやだから、ほかにもなんか作って』と言われましてね(笑)」。そのほか、トッピングのみそ焼き(豚バラ・チキン・イカ)や卵もあり、アレンジが楽しめる。
今ではそれぞれのメニューにファンがついているという。物価高の時代に学食並み、いや学食より安いかもしれないこの価格に頭が下がる。
1度だけ食べた激うまカレーが人生の転機に
創業以来、サラリーマンや学生たちの腹を満たしてきたオンリーワンにしてベストワンな牛すじカレーはいかにして生まれたのだろうか。ひとつのメニューで勝負するにはそれなりの工夫と努力があったはずだ。
「商社の営業をしていたときに、仕事先でいろんな店に食べに行くわけです。そのなかで秋葉原に小さなプレハブみたいなカレー店があって、ママさんが1人でやっていたんです。ほんのりと甘さがあって、ルウは少しシャバッとしていて。うまいなぁと思ったのがなんか残っていたんでしょうね。そこの味を目指して開発しました。でもねえ、再び店に行ったらもうなくなっていたんですよ」と萩原さん。
ええっ⁉️ ドラマみたいな展開に驚いた。今ここで萩原さんがカレー専門店を続けていることを考えると、何か不思議な縁があったのではないかと思ってしまう。
兵庫・西宮出身という萩原さん。「関西の人は牛すじをよく食べている」という筆者の一方的な思い込みから「だから牛すじを採用したんですね」とうなずいていたら、実は萩原さん、牛すじは東京に来て初めて食べたという。
「地元ではポピュラーではないんです。店を出す時に、肉問屋さんから『牛すじは安くておいしい。庶民的なイメージはあるけど、ちょっと仕込みに手間がかかるから意外と家庭で作る人は少ない。だから逆にお客さんにウケると思うよ』と。うちは国産牛100%の牛すじですから、おいしいですよ」。
牛すじは生肉の汚れと脂を落とし、店にいる間はずっと圧力鍋で炊く。店を出る時には火を止めて、熱がさめたら軟骨などを手作業で取り除いてバットに入れておく。
ちなみにベースはいわゆるルウを使ったジャパニーズカレーで、そこにさまざまなスパイスを加えてオリジナルのテイストに仕上げているそうだ。うーん、萩原さんの話を聞けば聞くほどここのカレーが食べたくなってくる。お腹が減った。
牛すじの旨味が決め手! 最初はまろやか、あとからジワ辛のオリジナルカレー
大久保エリアといえば多国籍料理のるつぼ。周囲にあるカレー専門店はもちろんのこと、中華料理店や外食チェーン店までいろんな店でカレーが食べられる。その中でも、『小さなカレー家』のジャパニーズカレーは、スパイスのほかに醤油など和風の調味料を入れるのもポイントらしい。期待値MAXで、牛すじカレー並600円をオーダー。お願いしまーすっ!
すぐさまご飯を皿に盛り、ルウをたっぷりとかけて最後にトロットロに煮込んだ牛すじをトッピングして完成。
まずはとろみのあるルウから食べてみる。見た目よりもサラッとしていて、最初にまろやかな味が口に広がる。「銘柄にこだわっていない」というが、シャキッとした炊き加減のご飯はこのカレーによく合う。
牛すじは臭みがなくてやわらか〜い。噛み締めるほどに旨味が溢れ出し、ルウのまろやかさの正体は牛すじの旨味だったことを知る。そこで萩原さんから「あとは玉ねぎも効果があるでしょうね。実は鱧(はも)しゃぶがヒントになっているんです。あれは玉ねぎの甘みで食べるんですよ」という解説が入る。
ほほぅ、牛と玉ねぎがタッグを組んだこのカレー。これは飲めちゃう系のまろやかさだわぁ。と、卓上のチリパウダーをかけたところ……。
あれ、あれ⁉️ じんわりひりつく筆者の口の中。しまった、時間差でスパイスが効いてくるタイプだったらしい。チリパウダーでさらにスパイシーになったが、サービスのらっきょうや福神漬けに助けてもらいながら、パクパク、モグモグと食べる速度が早くなる。
ああ、満腹だけどもっと食べたい。看板の「クセになる味」は本当だった。ほーら見ろ、こうして原稿を書きながらゴクリと筆者の喉が鳴り、すでに禁断症状が出始めている。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢