茶市場とは? 荒茶が集まるお茶だけの市場

「煎茶の製造工程 ー 生葉から煎茶ができるまで ー」でも紹介したとおり、茶農家によって丹精込めて育てられた生葉はまず荒茶に加工され、仕上げ加工・合組などを経て小売店や一般消費者の元へ届けられます。

その間にはたくさんの人が関わっており、「茶問屋」の役割とは?技術・知識・経験が求められるスペシャリストで取り上げた製茶問屋もそのひとりでした。では、その茶問屋はどこで荒茶を仕入れているのでしょう? それが「茶市場」と呼ばれる、いわゆるお茶の市場です。

<お茶の流通の仕組み>

画像提供:株式会社 静岡茶市場。
画像提供:株式会社 静岡茶市場。

茶市場の役割は、茶農家をはじめとした生産側の「売手」と、製茶問屋・メーカーなど、製茶側の「買手」との橋渡しです。青果や精肉などの市場と同様、主に売手から上場された荒茶を買手に販売しています。市場は一年を通して開かれていますが、最盛期は新茶が始まる4月半ばから、2番茶が終わる6月末頃まで。また近年は、茶の品評会や技術競技会の会場として使用されたり、一般見学を受け入れたりしている茶市場もあります。

現在、主要な茶市場は静岡、鹿児島、京都、福岡、三重と全国に5箇所あり、中でも日本初の茶市場といわれるのが「静岡茶市場(しずおか ちゃいちば)」。今回は、静岡茶市場の業務部・主任の大川梓さんに、その役割や仕組みを教えていただきました。

日本初の茶市場「静岡茶市場」。一箇所で全国の茶の買い付けができるのがメリット

静岡茶市場は昭和31年、お茶の取引において、売手・買手の双方の利便性を図るために株式会社として創立されました。そう、実は運営・管理をしているのは民間事業者。だからこそ、取引システムの改革や新しい技術の導入、人材育成まで、時代の変化に合わせ、自分たちの手でさまざまなサービスの向上に努めています。

たとえば、開業当初は静岡県内産の荒茶のみの取引だったのに対して、現在は総取引量の約4割が県外産に。また、商談成立後の入金フローの迅速化、さらには在庫管理や各店舗への搬入など、全事業者が円滑に安心して取引を行うための体制を整えることも、茶市場が担う大切な仕事のひとつです。

「売手さんも買手さんも、地区や地域が異なる取引先へ個別に出向いて商談することはできませんから、こうした茶市場があることはお互いにとって大きな利点です。わたしたち茶市場の社員は、両者の取引が適正かつスムーズに行われるようサポートを行っています」(大川さん)

新しいお茶に出会ったりトレンドを知るきっかけとなるほか、茶業者同士の情報交換の場としての役割も
新しいお茶に出会ったりトレンドを知るきっかけとなるほか、茶業者同士の情報交換の場としての役割も

では実際に、静岡茶市場での取引の流れを見ていきましょう!

お茶の取引は原則3者で行われる。帽子の色が目印!

市場における荒茶の売買は、原則、次の3者によって行われ、帽子の色でそれぞれの立場がわかるようになっています。

①売手

売手となるのは、茶の栽培や荒茶の製造を行っている生産農家です。個人農家が上場(売買の対象として出品)しているケースもありますが、主には各県経済連、総合農協、茶農協、共同工場などが管轄地域や会員の農家の荒茶を取りまとめて上場しています。市場内で取引をする時は、売手名を記載した緑色の帽子を着用します。

②買手

静岡茶市場の買手は承認制です。一定の要件を満たした茶商工業者であれば買手になることができ、その多くが製茶問屋や飲料メーカー。2023年6月現在、静岡茶市場には163社の承認買手が登録されており、名前が茶市場内に提示されるほか、取引をする時は買手名の入った青色の帽子を着用します。

「実はこの青色の帽子、50万円するんです(笑)。というのも、倒産などに備えた担保として、帽子と引き換えに50万円をお預かりし、万が一入金が滞った際にも生産者さんにきちんとお支払ができるような仕組みになっています。ですのでもちろん、買手としての登録を削除する際にはお返しするんですけどね。承認制であることも含めて、青色の帽子はいわば信用の証なんです」

③仲立人(静岡茶市場社員)

「仲立人(なかだちにん)」と呼ばれる役割の静岡茶市場の社員が売手と買手の間に入り、取引が公正に行われるよう交渉を取り持ちます。現在、静岡茶市場における仲立人は10名。それぞれの仲立人には産地や地区ごとに担当が割り当てられており、ひとりで複数の地区を担当します。市場内では黄色の帽子を着用します。

品定め〜交渉成立までの流れ。静岡茶市場には独自の「相対取引」文化がある!

静岡茶市場の取引開始時間は、早朝です。時期によって前後しますが、最盛期はなんと6:30スタート! そのため、それより早い時間から3者が続々と集まり、開始時間を知らせるベルが鳴ると一斉に取引が始まります。その日に上場された茶は、すべて売り切るのが原則です。

1. 拝見|買手による品定め

まず、上場された茶はそれぞれ拝見盆といわれる盆に入れられ、拝見台に並べられます。「拝見」とは、茶の外観・手で触れた感触・香りによって、品質をチェックすること。

買手は、拝見盆から気になった茶を手に取り、自身の目と鼻と手でその質を見極めます。熟練者にもなれば、この段階でほとんどの品質は判断できるといわれており、すぐに価格交渉へ進むことも少なくありません。

より吟味したい場合は、実際に湯を差して、さらに香り、水色、味を確かめます。ただしここで使われるのは、おいしく淹れるための適温の湯ではなく熱湯。高温で一気に抽出することで、長所も短所も明らかになりやすいからです。すべて、熱湯200cc・茶葉3~4gという同じ条件で審査され、買手は自分が買いたい茶の当たりをつけていきます。

2. 取引|3者による“話し合い”で交渉

買いたい茶が決まれば、いよいよ売手との交渉開始です。静岡茶市場では、一般的な市場で主流となっている入札や競り売り方式ではなく、売手と買手が交渉によって取引価格を決める「相対(あいたい)取引」が行われるのが大きな特徴。「手合票(てあわせひょう)」と呼ばれる札に生産者が提示した、希望販売価格「親値価格」をベースに交渉が進められていきます。

★注目! 全国的にも珍しい静岡茶市場の「相対取引」

相対取引とは、入札や競り売りのように他社との価格競争によって購入する権利を獲得するのではなく、売手と買手が直接話し合って価格や購入量を交渉し、合意によって取引を成立させる手法。その仲介をするのが仲立人です。仲立人は、手合票に書かれた親値価格よりも安く購入したい買手側と、価格を維持したい売手側の声を聞きながら、両者と共に品質と価格が見合っているかの確認や取引量の調整を行い、商談成立のサポートを行います。

価格交渉に使われるのは、背面が見えなくなっている5つ玉そろばん。売手、買手の希望額がお互いに見えない仕様になっている。
価格交渉に使われるのは、背面が見えなくなっている5つ玉そろばん。売手、買手の希望額がお互いに見えない仕様になっている。

「相対取引は、個別の話し合いで商談が行われ、交渉が成立次第、その茶の取引は終了。その後、ほかの人は交渉ができなくなってしまうので、先に交渉を始めた人が有利という厳しい一面もあります。それでも、1対1でのやり取りなので取引成立までの時間が圧倒的に早いですし、また入札や競りのように、日によってはいい品質のものが極端に安く落札されてしまったり、反対に驚くほど高値になってしまったりするリスクがなく、確実に適正な価格で取引ができることは大きなメリットといえるでしょう。だからこそ、仲立人には、中立の立場で円滑に取引を進める力が求められます」(大川さん)

3. 手打ち|“シャン・シャン・シャン”が取引成立の合図

価格や販売量などの取引条件がまとまり、交渉が成立したらその内容を手合票に書き込み、合意の証として売手・買手・仲立人の3者で“シャン・シャン・シャン”と3回手を叩きます。これを「手打ち」といい、周囲に取引成立を知らせる役割もあります。3回打つのは、3が日本で昔から縁起の良い数とされているからです。

お茶の取引の熱気に触れてみよう

「最盛期の静岡茶市場には毎日、約50〜60人の売手と150人近くもの買手が集まり、市場は熱気に包まれます。職人さんたちがお茶を品定めする目は真剣そのもの。一般のお客様の見学も受け付けているので、ぜひ一度お茶の取引の熱気を肌で感じていただけるとうれしいです」

お茶にも市場があるということを知らない方も多かったのでは? こうして、さまざまな文化を受け継ぎながら職人たちの手を介し、お茶はわたしたちの元へ届けられています。

静岡茶市場

静岡県静岡市葵区北番町94
054-271-2111(代表)

文・山本愛理 写真・阪口瀬理奈(Re:leaf Record)