何度も歩いて自分の中で完成した道を、また歩いてみる
まずいです! こういう話はもう少し私の文章に馴染んでもらってからするべきでした! 赤ちゃんの離乳食と同じ考え方を持つべきでした! 失礼しました……!
話を戻します。
私はあるとき「そうだ!」と思い立ち、小学生の頃の通学路を大人になった自分で歩いたことがあります。そうしたら……なんと、記憶の15倍は短いルートでかなりビックリしました。
子どもの頃は、ただ歩くことも大冒険だったのです。なんてことのない植木も「すごい緑のケムシがいる木」だったし、車の往来で擦り切れた薄い横断歩道も「白線から足を踏み外したら負け 〜難易度MAXロード〜」だったのです。そうしてたくさんの寄り道をして、本来の15倍のボリュームに仕上げていたのです。
でも道や街って、そうして記憶によって膨らんでいくものだと思います。
そして、何度も歩いて自分の中で完成した道も、また少し時間が経って歩くと、違って見えたりします。今回はそれをやろうと思うのです。
私は2017年頃まで、早稲田大学に通っていて、よく「馬場歩き」をしていました。
馬場歩きとは、高田馬場駅から早稲田大学までの25分くらいの道を歩くことです。多分「モッフル」くらいの知名度の言葉です。お餅をワッフルの形に焼いたもの、それがモッフルです。いや、もしかしたらモッフルより有名な言葉かもしれません。
もちろん地下鉄に乗れば、高田馬場駅から大学最寄りの早稲田駅までビュンッと行くことができます。それに乗るのも良いですし、でも友達とダラダラおしゃべりしながら歩くのもとても乙なのです。それも含めて大学生活なのです。
とにかく今回は、馬場歩きをしてみます……!
平日、木曜日の夕方。私は、高田馬場駅に降り立ちました。
「むっちゃ変わってたら嫌だな……」と思いました。なんと言いますか、街が面影もないくらいに大変身していたら6年という歳月の凄みを感じてしまい、そんな期間の間に自分は何をしていたんだ……となったら怖すぎるのです。考えすぎですかね?でも気を付けてください!私はそういうところがあります!まあ、そうして祈る想いで駅前を見渡してみると……街は、想像以上に思い出のままでした。街の骨格とか形成しているものは大体同じで、人でいうと歯を1本セラミックにしたとか、髪にインナーカラーを入れたとか、それくらいの変化に思えて少しホッとしました。
ただ、セラミック1本みたいな少しの変化の例を上げると、駅を出た目の前にある「稲門ビル」という、先輩から麻婆豆腐の食べ方で怒られた中華屋が入っているビルの外観が変わっていたりしました。見覚えのある白い壁にデカくて茶色い支柱が格子状に付けられていました。初期アバターから軽く課金したような見た目です。調べてみると、どうやら耐震補強のために付けられたものでした。6年越しのアハ体験に正解できて気分良く馬場歩きがスタートしました。
早稲田に向かって都道25号に沿って歩きます。すると、あれ……?
街から聞こえてくる音が少し変わったかなと思いました。どうやら海外から旅行に来ている観光客が増えたようです。それに伴ってか潰れたお店は大きなホテルになっていて、こんなにハッキリと需要と供給を目視できることってあるんだ!と目の前で経済の授業が行われているようでした。
引き続き、まっすぐ歩きます。ここらへんに「TSUTAYA」があったはずです。私は演劇映像コースという学科にいたので、映画を見ておく課題が多く出ました。なのでこの「TSUTAYA」にはお世話になっ……え!????? ない!!?????? 「TSUTAYA」が……なんと閉店していました……。
考えてみれば、そうです……。私が大学生の頃はNetflixをはじめとした配信サービスなんて聞いたことすらなく、課題が出れば「TSUTAYA」に行ってDVDを借りて見るのが当たり前でした……。これはもしかしたら世界のこの6年においても大きく変わったことの1つかもしれません……。
ああ……課題のDVDが3本あるのに「TSUTAYA」では既に2本借りられていて、ギリギリで残りの1本を借りられたときの、あの血の滾(たぎ)りが起きる機会が少なくなっているのかもしれないのだと思うと少し寂しいですね。
少しずつ変わっていったのは、街だけじゃない
街は少しずつ、でも確実に変わっていました。でも、私も変わったんだなと思うことがありました。歩いていると『Cafe Cotton Club』というお店が目に入ったのです。
「なんか……!!! 見たことある……!!!!!!」
グリーンの印象的なアーチの入り口と、電飾で飾られたそのオシャレなお店は記憶にうっすらと残っていました。しかしそのあまりのキラキラ感にギリギリの手持ちで生活していた私は、そこに何かあるのはうっすら認識してはいるけど、焦点の合わないボヤけたお店だったのです。それに29歳になった今、やっと目が合いました。
大人になったんだなあ……と、しみじみしました。当時は安くて量の多いお店でばかりご飯を食べていた気がします。やっとおしゃれなお店と目が合う大人になれました。例えば本だと、昔読んだものを大人になって読み返したら違う感想を抱いた、というのは聞いたことのある話ですが、街も年を重ねてまた歩くと違って見えるものなんだと初めて知りました。
もう少し歩くと、見覚えのないハイカラな店がありました。コンクリートの外壁に真っ赤なサンドイッチが浮かび上がっていたのです。この世界にサンドイッチを赤で表現するセンスを持っている人がいること、かなり痺れますね!
ここは『洪瑞珍 (ホンレイゼン)』という台湾で人気のサンドイッチ店で今年(2023年)の4月のオープンしたらしいです。どうして高田馬場に出店してくれたんでしょうか。ありがたいです。
店員さんに一番人気の商品を聞き「満漢(マンハン)」を頼んでみました。開けてみてすごかったのが、なんか、2つ入りのサンドイッチの、その2つの間にも具が挟まっていて、つまり食パン4枚の大きな1つのサンドイッチになっていたことでした……!
それぞれのサンドイッチにはうす〜い卵焼きが挟まっています。そして合体させた真ん中にはマヨネーズ、ハム、チェダーチーズが挟まっているのですが……このマヨネーズが甘かったです……! 最初はバター状の生クリームかなと思ったほどでした! それくらいの甘さでした! 甘じょっぱいサンドイッチは、今まで知らなかった脳のパーツを熱くされた気分になりました! つまりおいしかったです!
閉まってしまう店もあれば……新しい店も出来て……この店はあって……あの店はなくなっていて……。
しかし、そこをフォーカスして歩いていると、すごく「あった気もするしなかった気もする」みたいな店が正直たくさんありました……。あんなに何度も歩いた道なのにどうして覚えていないんだろう……。でもそれはすぐに答え合わせができました。
馬場歩きをしていると、何組かの早稲田の学生とすれ違いました。女の子2人はサークルの話をしながら歩いていました。6人くらいでゾロゾロと歩く男の子たちは店を見上げて夕飯を悩みながら歩いていました。そして1人で歩いている子も大きなイヤホンで何かを聴いていて……みんなそれぞれが今に夢中でした。道はただの手段で、友達や趣味が目の前にありました。いいなあ〜! とてもいいなあ〜でした。大学生も勉強にサークルにいろいろと忙しいとは思いますが、人は歩いているとき、そんな煩わしいことはできないのです。もしかしたら馬場歩きは大学生たちの良い余白になっているのかもしれません。
ずっとずっとまっすぐに歩いてきましたが、私がナゾの腹痛に見舞われて検査したら通常の50倍の菌がいてそれを全部倒してくれた伝説の病院「西北診療所」を越えたあたりで初めて右に曲がります。
そうしてまたまっすぐ歩くと「穴八幡宮」があります。穴八幡宮は、朱色の立派な鳥居を構えていてとても敷居が高そうなのですが、入ってみると中にはキレイに整えられた草木にベンチがいくつか並べてあって意外に安らげるオススメスポットです。
穴八幡宮の向かいには、私が通っていた早稲田大学の戸山キャンパスがあります。と、いうことでだいたい早稲田大学のあたりに着いたので馬場歩きは終了です!本当はもっと800円でナンのおかわりまで出来る『ネパールインド料理 友人』だとか、外の採光がちょうどいいカフェ『NEW YORKER’S Cafe』などのお気に入りスポットも紹介したかったのですが文字の配分ってすごく難しいのでこれは「仕方ないね」で片付けたいと思います。
最後にちょっとだけ『わせだの弁当屋』に寄り道して名物の「茄子カラ弁当」400円を買って本当に終了です。これはなんか知らないけど反射でもうめちゃくちゃおいしいとなるやつです。もう、早く帰って家で食べたいと思います。
そんな風にして、今回6年越しに思い出のある街を歩いてみたら、街の変化と自分の変化に気付きました。街ってすごくデカくて計り知れないものだと思っていたけど、時代でこんなにも移り変わる流動的なものなのだと知りました。それから大人になって新しい価値観を知ったから焦点が合うこともあったり、俯瞰できることもあったり、なんだか周りにぶつかることで自分の形を知っていくようなそんな回でした。……と!
「なわとびを跳びながら書いていたのかも……」
なんと! これにて、アンゴラ村長の全4回の連載が完結してしまいました! ……寂し〜〜〜!
このエッセイは「アンゴラ東京めぐり〜なわとびを跳びながら〜」と題しながらも、かなりの徒歩でお送りしてきました。
でも今回のエッセイを書いてみて「もしかしたらなわとびを跳びながら書いていたのかも……」とも思い始めました。意味が分からないですよね。でも、風が吹けば桶屋が儲かるという言葉があります。一見すると無縁に見えることでも実は因果関係があるという言葉です。
キングオブコントでなわとびを跳んでいなかったら、そこからの6年の道はなかったですし、もちろん今だってありません。あの場所からどんな1歩を踏み出すのかという選択を少しずつ重ねて、そうして進みたい方向にがんばってルートを曲げて、絶対に近くにはなかったはずのエッセイの連載までたどり着けたこと、思えばとても感慨深いです。
これからも心がわくわくする方向や、皆さんに喜んでもらえる方向を目指して散歩を続けたいと思います! 全4回、本当にとってもスペシャルに結構かなりスゴイ絶対ありがとうございました!
文=アンゴラ村長(にゃんこスター)