正統派中華そばと、ピリッとシビれるしょうがが出合った

オーダーしてから、ものの4分でテーブルに登場。
オーダーしてから、ものの4分でテーブルに登場。

数ある人気メニューの中から今回頼んだのは、しょうがそば850円。しょうゆベースの正統派中華そばの風貌に、生のおろししょうががこんもりと盛られている。店主の植木隆一さんは、慣れた手つきでしょうがをササっと乗せた。一杯あたりのグラムはとくに決まっておらず、長年の経験と勘で盛りつけるらしい。

山盛りのしょうがと、優しい色のスープ。
山盛りのしょうがと、優しい色のスープ。

初めて食べる人は、まずしょうがを溶く前のスープや麺を堪能してみよう。

撮影に時間がかかったが、食べはじめるまで熱々だった。またスープは淡く優しい色だが、甘く感じるほどのコクがある。その熱さと味わいの決め手は、たっぷり入った鶏油。スープは鶏ガラをベースにして、アクセントに豚骨と豚足をほんの少し混ぜているという。

このシンプルかつ濃厚なスープが、芯のある中太麺によく絡む。
このシンプルかつ濃厚なスープが、芯のある中太麺によく絡む。

さあいよいよ、しょうがを溶く! スープに混ぜても麺に絡めても、ピリッとした風味が口に広がる。スープに溶いてしばらく経てば、甘くマイルドな味わいに。1杯でいくつものバリエーションを楽しめる。常連客の中には、最初からしょうがを全て溶いてしまう人もいるそう。食べ方は十人十色だ。

しょうがそばは、数年前に隆一さんが考案。
しょうがそばは、数年前に隆一さんが考案。

実はこのしょうがそば、『あさひ』で代々続く中華そば650円にしょうがを乗せて完成だというから驚く。守り続けてきた味が、見事にしょうがとベストマッチしたのだ。

「しょうがが乗っただけ? なら中華そばで良いのでは?」と思うことなかれ。何しろ、しょうががてんこ盛りなのだ。中華そばとはまた違う、パンチの効いた一品に様変わり。ちなみにこのしょうがそばを食べた日は、眠るまで体の芯からぽかぽかだった。

代々続くメニューから、変わり種まで粒ぞろい

『あさひ』のメニューには、しょうがそば以外の料理もズラリと並ぶ。

昼も夜も同じメニューが楽しめる。
昼も夜も同じメニューが楽しめる。

近年、テレビ番組やネット記事に引っ張りだこの『あさひ』。「もう夕方のテレビニュース番組はほとんど制覇しましたね」とのこと。あとは、某公共放送を残すのみらしい。どれだけ注目されているかがよくわかる。四川冷やしそば1100円も、メディアに取り上げられたメニューの一つ。有名アイドルのレギュラー番組で取り上げられて一躍有名になったのだ。

他にも面白い料理がある。知り合いのタイ料理屋でパクチー入りラーメンを食べて、その意外なコンビネーションの良さに感動。「自分の店でも出したい」と許可をもらって考案したのが、パクパクパクチーそば1100円だ。隆一さん曰く、「他店のメニューをパクったから“パクパク”と名付けた」のだとか……。隆一さんのキャラクター、しょうがそばに負けずスパイシーだ。

「あ、裏メニューもありますよ」お品書きの裏側に書かれた、その名も“裏メニュー”。
「あ、裏メニューもありますよ」お品書きの裏側に書かれた、その名も“裏メニュー”。

元祖の中華そばと塩そばは、なんと650円。「原価はどんどん上がりますが、どのメニューもなるべく今の値段のままでいこうと思っています。学生さんも来ますしね」確かに筆者が高校生だったら、部活帰りにここへ通い、満腹になるまで食べるだろう。

浅草で愛され続けてきた、歴史あるラーメン店

『あさひ』の創業は大正3年(1914)……という説が有力。店名の由来や創業の地も諸説ある。歴史が長いと謎も多いようだ。

隆一さんの座右の銘は「うまきゃ来る、まずきゃ来ない」。実に単純明快だ。
隆一さんの座右の銘は「うまきゃ来る、まずきゃ来ない」。実に単純明快だ。

4代目店主・隆一さんのキャリアスタートは、実を言うと中華料理ではない。祖父の旧友が島根で日本料理店を営んでおり、隆一さんはわずか16歳でそのお店へ修業に赴いた。知らない土地で毎日深夜近くまで働き、翌朝は4時起きという過酷ぶり。おかげで粘り強さが身につき、大人に囲まれながら処世術も学べたのだとか。

調理師免許も、島根県で取得した。
調理師免許も、島根県で取得した。

3年の修業を終えて帰ってきてからも、すぐに『あさひ』を継いだわけではない。お店を手伝いながら、全国を回る有名劇団のチケット販売アルバイトなどを経験。そして29歳で、本格的に受け継ぎはじめる。

日本料理から入り、飲食業以外の世界も知った上で、代々続く元祖の味を守り続けてきた。それでいて新メニューも絶えず生み出し、新たな風まで吹かせてきたのだ。「でもあまり味をいじりすぎず、変わらないことも大切ですね、のれんを受け継いだ身としては」とも明かす。

お店は、浅草駅から徒歩10分圏内の「浅草柳通り」にある。
お店は、浅草駅から徒歩10分圏内の「浅草柳通り」にある。

現在は息子・隆正さんも一緒にお店を切り盛りしている。当面は隆一さんが引っ張るが、ゆくゆくは5代目として隆正さんへバトンを渡す予定。「継ぐなんて聞いていなかったので、自分の代で店を閉めようと思っていたんです。でもある日、『いつか継ぐって最初から決めたんだよ』なんて息子に言われて。計画が崩れてしまいましたよ」と笑って答えた。今後も、伝統と個性の息づく味は受け継がれていきそうだ。

中国の結婚式で用いられるというロゴは、なんだが縁起がいい。
中国の結婚式で用いられるというロゴは、なんだが縁起がいい。

そんな『あさひ』には、下町・浅草で愛されてきた証も並ぶ。店先にあるメニューボードや、出入り口のガラス扉に描かれたマーク。これらは知り合いの看板屋が手がけてくれたもの。「毎朝ガラス扉を磨くんですけどね、ガラスにドーン! とぶつかる人が多くて、扉があるってわかるようにマークを取りつけたんですよ」逐一エピソードに笑ってしまう……。

天井から下がるちょうちんは、駒形でちょうちんなどを製作する会社を営む知人に依頼。カウンターに飾られているミニチュアも、隆一さんの同級生が、昔の『あさひ』をモデルに作ってくれたものなのだとか。

店内を明るく照らしているちょうちん。
店内を明るく照らしているちょうちん。

最近はメディアの影響もあり、新規客がどんどん増加。しかし隆一さんは、「これまでは近所の常連客に支えられてきたようなものです」と、地元・浅草への愛も語る。

そんな隆一さん、毎年5月に浅草で行われる“三社祭”には必ず参加。両肩に大きな神輿こぶができるほど力を注いできた。「悪いですけどね、祭の日は店なんかやっていられないですよ!」。そう、毎年の三社祭の日は休み。来店の際は要注意だ。

お店の飾りの一つひとつに、地元民からの愛を感じる。
お店の飾りの一つひとつに、地元民からの愛を感じる。

メニューの特徴も、店主のキャラクターも濃い『中華料理 あさひ』。新たな一面を知りに、何度でも足を運びたいお店だ。

住所:東京都台東区浅草3-33-6/営業時間:11:30~14:30LO、17:00~20:30LO/定休日:月(火不定)、三社祭開催日/アクセス:つくばエクスプレス浅草駅から徒歩6分、東武鉄道スカイツリーライン・地下鉄浅草駅より徒歩10分

取材・文・撮影=aki