昭和からそのままタイムスリップしてきたようなスナック
五反田でランチのお店を探していると、1軒の店の前で固まってしまった。うーん、令和の五反田、しかも近代的なオフィスビルに囲まれた一角に、なぜか昭和の佇まいのスナック。昭和レトロという今風の言葉では言い表せない、まさに昭和そのままのお店だ。
店頭の看板には「タンシチュー」「スペインの赤ワインでじっくり煮込んだ本格デミグラスソース」と書かれている。昭和のスナックと本格タンシチューの組み合わせが今ひとつ理解できないが、面白そうなお店は大好物なので迷わずに入店。店内は外観以上に昭和の空気がたっぷりと詰まった空間で、まさにザ・昭和というイメージだ。
満面の笑顔で出迎えてくれたのは店主の尤云忠(ユーウンチュウ)さん。上海出身の尤さんは1987年に来日。中華料理をはじめ、和食や洋食の調理を経験した腕利きの料理人だ。
「この店は前の店主が1958年に開店しました。1999年にこのお店を引き継いだんですが、店名も変えず、建物もほとんど変わらないまま今でも営業を続けています」と尤さん。前店主がスペインのバルセロナをイメージして建築し、名前も『バルセロナ』とつけたそう。たしかに西欧の風情のある建物だ。
お店を引き継いだときに、せっかくの料理の腕を生かしたいと考え、ランチを始めることに。スナック専業店だったため調理器具やスペースもなかったので、カウンター内に小さな厨房を作った。
1999年から継ぎ足し続けるデミグラスソースの深い味わいを堪能
『バルセロナ』のランチメニューは、定番のタンシチュー950円と日替わりメニュー950円の2種類。両方のメニューあわせて1日20食限定だ。
伺った日の日替わりメニューは黒米のチャーハン。尤さん自慢の中華の技を味わえるチャーハンも魅力的だが、本日はお店の看板メニューであるタンシチューをチョイス。
タンシチューに使うデミグラスソースは前の店主からこのお店を引き継いでランチを始めた1999年以来、継ぎ足し続けているそう。世紀を超えて続く味に期待が高まる。
ほどなくしてテーブルに注文したタンシチューが出される。ご飯の上にかかったタンシチューは具材がしっかり煮込まれて溶け込んでいる。そしてゴロリと大きめのタンが3切れ。うーん、待ち切れない。
早速、一口いただくと、ほのかな赤ワインの香りが広がる。ソースは濃厚な味わい。タンはほろほろになるまで煮込んであり、スプーンでかんたんに切れるほど。しっかりと煮込まれた食材の深い旨味に大満足!
尤さんにおいしさの秘密を聞くと、一つだけ教えてくれたのが、中国の甘味料である羅漢果を使っていること。料理の臭みをとり、食材の味を引き立て、さらに血糖値も上がりにくく、砂糖よりも健康にいいそう。洋食メニューに中華の調味料をつかっておいしさを引き出すとは、さすが、中華料理のエキスパートだ。
スープの具材は干し椎茸と溶き卵。干し椎茸は乾燥することで旨味が凝縮し、さらに健康にいい成分が増えるそう。ほどよい塩味と干し椎茸の旨味のバランスのよさに尤さんの中華料理の技が光る一品だ。
タンシチューの羅漢果もそうだが、尤さんが大切にしているのは健康。「医食同源ですよ」とニコリ。
なお、ランチでは、2種類のメニューをそれぞれハーフサイズでいただけるハーフ&ハーフでも注文できるので、どちらにしようか迷ったらハーフ&ハーフ950円で両方の味を楽しむのもおすすめだ。
2階のラウンジスペースは昭和の良さを残した常連さんの社交場
2階に上がると、そこは昭和の雰囲気が残るカラオケ完備のラウンジスペース。常連さんの憩いの場となっている。
尤さんは1999年にお店を引き継いでからずっと五反田の街の変化を見てきた。今ではオフィスビルが並ぶ様子を見て、「以前はいろんなお店があって、人のつながりももっと多かったんですよ」と昔を懐かしむ。「うちのような昔から変わらない店で、ランチやお酒を楽しんでもらえればうれしいんです」と尤さん。
人と人のつながりをそのまま昭和から持ってきたような『バルセロナ』。尤さんと話して地元のお客さんに長年支えられ続けている理由がわかった気がした。近所にこんなお店があれば筆者も必ず常連客となって通い続けるだろう。
五反田には『バルセロナ』がある。もし、次に引っ越す機会があれば、五反田を引っ越し先の候補に入れようと思う。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=羽牟克郎