明王ってどんな存在?
仏像といえば「半眼微笑」という言葉もあるくらい、穏やかな表情を思い浮かべる方も多いようです。これは、これまで【如来編】、【菩薩編】でご紹介してきた仏像の特徴。
一方で、今回ご紹介する「明王」は、怒号が聞こえてきそうなほど怒ったような表情をした仏像です。
穏やかに教えを説いてもそれに背こうとする悪い心や、悟りへの妨げになるものを、強い態度で諫めようとしています。
明王の特徴は?
明王の特徴は前述の通り、「憤怒(ふんぬ)相」と言われる怒りの表情。
また、私たちを厳しく導くため、武器や蛇などのおどろおどろしい持物(じもつ)を携えている例も数多あります。
明王界のスター不動明王
明王の中で、最もポピュラーなのが「不動明王」。
東急目黒線にも「不動前」という駅がありますが、こちらも目黒不動尊というお寺に本尊として不動明王が祀られていることから来ています。
特徴としては「弁髪(べんぱつ)」と言われる髪型。長い髪を左側で束ねて肩の前にたらす、他の仏像では見られないヘアスタイルです。
アシンメトリーでとてもオシャレですね!
手には羂索(けんさく、けんじゃく)と呼ばれる縄と宝剣を持っています。
これらには、それぞれ煩悩を断ち切ったり、縛り上げたりするなどの意味が込められています。
また、右目が上で左目が下を向いていて、口から出た牙も上下に出ている不動明王も。
これは「天地眼(てんちがん)」という表現で、不動明王が世の中をくまなく見渡していることを表現しており、平安中期以降にのみ見られるようになりました。
不動明王のお供
不動明王の両脇に、少年のような像が一緒に祀られていることがあります。
これらは「制咜迦童子(せいたかどうじ)」「矜羯羅童子(こんがらどうじ)」で、不動明王の力をサポートするようなイメージを持つと良いでしょう。
怖い表情の両脇に、丸みを帯びた幼げな体躯と表情の二人組が従っている様子は、愛らしさも感じられます。
チームを組む明王
不動明王はチームを組むこともあります。その場合、戦隊モノで言えば、不動明王は「赤」のようなリーダー的存在として中央に座します。
メンバーは不動明王の他、真言宗では「金剛夜叉(こんごうやしゃ)明王」「降三世(ごうざんぜ)明王」「軍荼利(ぐんだり)明王」「大威徳(だいいとく)明王」で、あわせて五大明王と言われます。
メンバーも個性的で、大威徳明王は六面六臂六脚(顔と手と足が6つ)で、水牛にまたがる姿。
また、降三世明王に目を転じると、足元に二人の人を踏みつけています。
これは、シヴァとウマというヒンドゥー教の神様で、「降三世明王が、異教のシヴァとウマを仏教に改心させた」というエピソードが表現されているものです。
さらに、蛇を体に巻きつけている軍荼利明王や、正面の顔に5つもの目を持つ金剛夜叉明王など、SF的な表現も、明王を特徴づけています。
トイレの神様は明王が担当!
他にも、ポピュラーな明王をいくつかご紹介します。
何年か前に、『トイレの神様』という曲がヒットしましたが、仏教にもトイレの神様ならぬトイレの仏様がいるのです。
それが「烏枢沙摩(うすさま)明王」。
もともと、烏枢沙摩明王は不浄の物を焼き尽くすとされていました。私たちが生活する中で、必要不可欠ながら不浄とも扱われ、古い時代には感染症の温床にもなったのがトイレ。その災いを焼き尽くすため祀られるようになりました。
焼き尽くす炎を表すように逆立った「炎髪(えんぱつ)」という髪型で、他の明王と同じように、憤怒相を表しています。
また、前述の五大明王において、天台宗では金剛夜叉明王が「烏枢沙摩(うすさま)明王」に変わります。
恋愛を司る愛染明王
私たちの煩悩の中でも、なかなか消せないのが恋愛への欲求。
そんな愛欲を司るのが「愛染(あいぜん)明王」です。
かつては、愛欲を滅して仏道を極めるためのエネルギーにする仏とされていましたが、今では逆に、恋愛成就や良縁の仏様としても知られます。
愛の炎を表すように全身が真っ赤に塗られ、頭上に獅子をかたどった冠を載せています。
六臂(手が6本)で三つの目を持つ異形にも関わらず、バランスのとれた造形になっている例が多いのが愛染明王です。
持物の中には弓矢も。西洋のキューピットも弓矢を持っていますが、恋愛成就のイメージに弓矢というのは、洋の東西を問わないんですね。
そして、何も持っていない手が一本。ここに、恋文を持たせて良縁成就を願う人もいるんだとか。
バリエーション豊富な見た目の明王は、信仰の対象としてだけでなく、フォルムにハマる人も続出しています。
もちろん敬意を払いながら、近くのお寺や博物館で、その像容もしっかり目に焼き付けてみてください。
文・写真=Mr.tsubaking